マイマスター




「ねえ、このボタンとめてくれる?」

「おう。.........で、できたぞ」

「ありがとう、門倉副会長」

聖くんのワイシャツのボタンをかけ終わり顔をあげたとき、彼とばっちり目が合った。びっくりして、慌ててそらす。

もしかして俺の顔をずっと見ていたのだろうか。そう思うと顔が火照るのを感じる。そのうえ気にかかるのは、彼が表情を変えるまでの、ほんの一瞬だけ見えた残像。あれは見間違いだろうか。彼がニヤリと笑んでいたように見えたのは気のせいか?

「あのさ、僕、たったいま思い出したんだけど」

彼はそう言うとポケットをまさぐりはじめ、何かを取り出した。俺に差し出されたそれは、一通の手紙。

「これ、副会長宛てのラブレター」

「へ?おれへの?」

「ここに来るときに、副会長に渡してくれって生徒に言われたから。......副会長って、すごくモテるよね」

「おれがモテる?」

女の子と手を繋いだこともないこのおれが?もちろん、女の子と蜜事に及んだ経験も皆無だぞ?

「ここの生徒たちは生徒会の面々に幻想を抱いてる。って会長が言ってたよ。副会長は、頭が切れて常に冷静沈着な、生徒会のブレーン。その眼鏡の奥の、冷ややかな目元が最大の魅力。孤独を好み、誰も寄せつけないし、つるまない。何事も、どこか冷めた目で見てる、......だって。きみのファンの子は、遠くからきみを見ていられればそれだけでいいって言う」

「......」

現実のおれと違いすぎる。思わず苦笑すると、聖くんはおれに天使の微笑みを見せて口を開いた。

「うん、正反対で笑っちゃうよね」

彼が纏う雰囲気が、一変した。




おれ宛ての手紙の束が、おれに渡されることなく校舎裏にある焼却炉行きとなってきたのを、このときのおれはまだ知らない。

「正直に言ってくれないと、わからないよ。副会長は僕のこと、どう思ってるの?」

「......その、聖くんは、この学校の生徒会の書記であって、雑務もてきぱきこなしてくれて......」

「そういうのが聞きたいんじゃないよ、僕。わかるでしょ?」

天使がおれとの間合いを詰めてくる。怪しく光る瞳と見つめあっていると、彼の手のひらがおれの左頬をさすっていて何だかそれだけでゾクゾクする。その手はゆっくりと滑り落ち、唇の間の湿った隙間を指が撫でていた。

「僕には本心を、教えて?」

「......お、おれの日々の妄想では、聖くんはおれのペットで、超絶可愛いワンコで、おれだけに懐いてて、ご主人さまって呼んでくれて、いろいろと、その、ご奉仕してくれる......」

「え?僕の妄想では、僕が副会長のご主人さまなんだけど?」

おれの天使は愛らしい顔をゆっくり近づけると、自身の唇を赤い舌でひと舐めして湿らせてから口付けた。

「正直に話してくれたから、これはご褒美」

聖くんの薄い唇から漏れ出る言葉が、何を意味するかは分からない。頭がぐちゃぐちゃだ。キス、された?ペットに?彼がワンコ?――彼が?



荒っぽく押し倒して制服を脱がしにかかる天使に、おれはこれから何をされても従順に従うことを誓った。
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