sweet magic

万事屋で最も多いと言える依頼は逃げたペットの捜索。今日も例外なく猫を探してくれという依頼を受け万事屋一行は歌舞伎町を駆け巡っていた。新八と神楽が大きな通りで聞き込みをしつつ探している中、銀時は静かな所に逃げてるかも知れないと最もらしい事を言い、静かな人気の少ない細い道で猫を探すでもなくサボり場所を求めていた。

長年住んでいる歌舞伎町でも普段からよく使う道と今みたいな用のある時以外全く使わない道がある。銀時にとって今歩いている道は普段全く使わない歩き慣れない道であった。この道が何処の道と繋がっているかなどは覚えているが何の建物があったかなどは全く覚えていない。否、興味がなかったとも言える。そんな道をダラダラと意味もなく歩いている銀時の目に止まったのはサボりと己の好物が合わさった素晴らしい物であった。

「こんな所に甘味処……あったっけ?」

とてもここは日当たり抜群とは言えない。人を誘い込む様に開けられた戸は屈まなければ銀時などは通れない様な小さく、それに合わされているのであろう建物もえらくこじんまりとしていた。それでもこの建物を認識できたのは甘味処と書かれた小さな暖簾が風に任せて揺らいでいたからである。

閑散としたこの場所にある甘味処を銀時が怪しむ筈もなく、寧ろ己への褒美であるかのように興味津々と行った様子で店に近づいていくのであった。

「ごめんくださ〜い。」

中を覗くと思ったよりも店内は清潔に保たれており、程よい照明の明るさが良い雰囲気だと感じさせていた。座敷が数席とテーブル席が少し、レジの裏は恐らく店主の生活スペースであろう場所と襖で区切られていた。ファミレスやら大きな老舗ばかりなこのご時世には珍しい雰囲気だがそれはとても好感的な物であった。これで店主と食い物さえ良ければ…なんて思っていると奥からバタバタとした音が聞こえてくる。

「すみませんっ、すぐ行きますね〜!」

焦った声は存外若く明るかった。

「はい、いらっしゃい。甘味処『廼屋(のや)』へようこそ。」

戸からひょっこりと顔を覗かせたのは爽やかに笑う青年であった。恐らく銀時と同じぐらいか下だろう若さ。艶やかな髪は襟足まで伸ばされており品のある顔立ちであった。

「店内で食べて行かれますか?」
「あっ…あー、そうすっかなぁ…。」
「それじゃあお座敷どうぞ、すぐお茶お持ちしますね。」

辺鄙な場所の店に居たのは、店とは正反対に人懐っこそうな笑顔を見せる若い青年。そのアンバランス差は銀時も予想外であった。言い慣れた台本のように銀時を接客している青年とは逆に、その銀時本人は上の空でお茶の用意をしている青年をじっと見ていた。

「はい、どうぞ。ご注文はお決まりですか?」
「おっ、宇治金時あんじゃん。」
「まだ時期的にはちょっと早い気もするんですけど、一応うちは年中置いてますよ。宇治金時にします?」
「あ、いや、……手持ちあんまねえから適当に安いので頼むわ…。」

雰囲気に惹かれて入ったものの今懐にはそんな贅沢できる程余裕がなかったのを失念していた。堪能する気満々で居た銀時も青年からしても甘味処に来るような客がそんな注文するなんて思っても居なかった。バツの悪い銀時を見ながらキョトンと瞬きを数度繰り返しながら動かない、が流石接客業をしているだけある。すぐにまた笑顔になり「すぐご用意しますね。」と楽しそうに下がって行った。

銀時は、己は嫌な客に違いないと自己嫌悪に陥るがお登勢の所ならば無銭飲食など当たり前な彼にとっては最早こんな事は日常茶飯事だ。他の行き慣れた店であったなら「ツケといてくれ」と店主に甘えるが初めての店初対面の人間には流石の銀時も遠慮をした。と言うよりも予想外の店員に気圧されたのだ。変な注文をしたせいで一人気まずく座敷で正座をして待つ事数分。銀時にはとても長い時間に感じた。

「お待たせしました。」
「おぅ……って、え、おいおいお兄さん?俺金ねえって言ったよね?何、なけなしの金を使わせてそれ以上俺から何を取る気?」
「食べたそうにしてたので。お代も…そうですね、お客さんここ初めてでしょ?美味しいって思ってくださればそれで良いです。それでまた来てくだされば。所謂未来への投資ってやつです。」

青年のいたずらっ子のように歯を見せる笑いは見た目よりも若く見せていてまるで少年と言われてもおかしくなかった。

「すっ……。」
「す?」
「好きだ!!」

店と青年のギャップ、そして思いもしなかった好物が目の前に出された上に、整った顔の子供らしい笑い方と青年の優しさ。それは思いがけず銀時の心の何処かにぐさりと音を立てて刺さった。何が、なんて言うのは野暮だろう。効果は抜群だ。

「いや!!こ、これ、宇治金時ね!!俺好きなんだよねぇ!!えぇ、本当に良いのかなぁ!!嬉しいなぁ!!」

しかし銀時も青年も性別的にはどちらも男であるし何より初対面。その上銀時はチキンハートの持ち主である。思わず溢れた言葉を白々しく大きな声で否定する。完全に自覚したわけでも認めた訳でもない今勢いだけで告白なんて余りにも愚かな行為だ。焦った否定は青年に通じたようで安心したように息を吐いていた。

「そんなにお好きなら尚更。ほら、氷が溶けてしまう前に召し上がってください。俺が居ては食べにくいでしょう。ごゆっくりどうぞ。」
「いやー!?別に、居てくれていいけど?と言うか俺一人で食ってる方が寂しいやつみたいだし?忙しくないなら話し相手してくれてもいいんじゃないかなーって…。」

銀時は去ろうとする青年の手を思わず掴んで言い訳じみた事を言いながらどうにかこの場に留めようとしていた。考えるのは後でいい、今はこいつの事を知りたい。銀時は自分自身らしく無い事をしていると自覚しながらも動かずにはいられなかった。それと同時に銀時の脳内には、何してんだと後悔も浮かんでいるが。

「…ちょっとだけですよ。」

少し困ったように笑う青年を見るとその後悔も一瞬で飛散した。