いつまでもそのまま



パコーン、パコーン



聞き慣れたインパクト音。強くなったり弱くなったり。けれど決してぶれることのない音。見慣れたはずの光景なのに飽きることなんて無く、寧ろ見れば見るほど彼にのめり込んでしまう。何処からそんな力が出てくるのが不思議なぐらいの球威とそれを凌駕する目の力強さ。きっと誰もが彼に一度は魅了される。畏怖や尊敬、嫉妬。きっと数え切れないほどの人間が彼に翻弄される。かく言う自分もその一人で、俺は彼に恋をしている。

「リョーマ、そろそろ休憩しなよ。」

少し張ったはずの声なのに集中している彼の耳には届かない。足元に散らばったボールを1つ手に取り危なくはないけれど彼の視界に入れるように転がす。するとようやく彼はこちらを見た。何十分も止まる事なく動いていたから体全体で呼吸しているものの、苦しそうと言うよりはギラギラと楽しそうであった。

「きっともう直ぐご飯だよ。」
「もうそんな時間?」
「1時間ぐらいかな。」
「カルピンは?」
「飽きたってどっか行っちゃった。」
「先輩は?」
「ん?」
「先輩は飽きないの?」

常に不遜な態度が今はどこか自信なさげで、だけどそれは俺の前だけなのだろう。賢くない訳ではないのにこういう所は少し鈍感である。それも彼の良いところだけれど。

「飽きないよ。」

飽きるはずがない。俺が惚れたのは彼の全てで、彼の全てがテニスで出来ているんだから。彼からテニスを取ったら、何が残るのか考えてしまう。

「明日の昼、当番忘れないでね。」
「先輩も明日だっけ?」
「うん、一緒なの久しぶりだ。まあ、当番じゃなくてもずっと居るけどね。」
「先輩も好きだね。」
「ん?」
「本。」

でも、君のテニスほどじゃないよ。と言っても彼には伝わらないのだろう。同じ本は何度も読めないし、途中で飽きる事もある。無くても俺は死なないしきちんと存在してられる。それこそ、当たるのは彼なのだろう。そして彼にとって俺は俺にとっての本ぐらい。偶々、呼吸の仕方が楽で邪魔にならなくて、全てを許してしまうのが俺なだけで。

彼の1番はテニスで、それ以外はそれ以下。偶々、俺が2番目に選ばれた。それで良い。1番になんかなりたくも無い。テニスさえしてくれていたら俺の事なんて見なくて良い。それが越前リョーマと言うもので俺の愛しい人だから。テニスが一番なリョーマが好きだから。ボールを追っかけて幸せそうにしてくれればそれで俺は満足なのだ。だから気にしなければいいのに、偶にさっきみたいな事を言うから。

「俺の夢は将来リョーマの応援にウィンブルドンまで行く事だからさ。」
「?」
「リョーマがテニスさえしていたら俺は君の事が好きだし君のテニスに飽きるなんて事は絶対に無いんだよ。」

万が一にも、もし、絶対に、有り得ない事だけれど。彼がテニスに飽きてしまったら、辞めてしまったら、それはきっと俺が愛したリョーマでは無くなるのだろう。ああなんて恐ろしい。

「なら俺も、先輩もテニスも飽きる事ないね。ずっと俺の事見ててくれるんなら、絶対に飽きないよ。」
「生意気だなぁ。」

生意気だけど、その一言に安心してしまった。