美ら海

「てんめぇこの野郎離せ!」
「いい加減諦めるさぁ。」
「クッソ!諦めるかよ!俺は部活に行くんだよ!」
「絶対今日の海、此処一番の綺麗さしてるはずよ!」

伸びに伸びきったTシャツの襟。その元凶は今も俺の襟元をひっ掴んでるこの男、甲斐裕次郎のせいであった。平古場も甲斐側の人間なせいで俺の首は最早瀕死だ。何飄々としてんだこの野郎。
砂の上ではどれだけ抵抗しようとも足で蹴られて激しく砂が舞うだけだ。

何故こんな事になったのか。

我が比嘉中テニス部はそりゃもうスパルタで土曜だろうがなんだろうが練習がある。今日はサタデイ。つまり土曜日だ。そう、練習があるのだ。だから俺は早起きして朝ごはんをしっかり食べた。日焼けしてヒリヒリするのが嫌だからTシャツの上にパーカーを着込んでハーフパンツを履き、愛しのラケットが入ったバッグを持って学校に向かった。部室に着いて流石に暑かったからパーカーを脱いでいたら珍しく遅刻しなかった甲斐がやってきて用も告げずに俺のことを引っ張りやがった。疑問に思いながらも何かあったのかと思いロクな抵抗もせずに校門に着くと居るのは手ぶらで珍しくタンクトップの平古場だ。もうこの時点で事件性がないのは察したしここまで大人しくしていたことを後悔した。何故ならこの二人が関わるということはロクでもないことに決まっているのだ。

何故誰も甲斐のことを止めなかった、俺を助けなかった。見た目はちょっと不真面目かもしれないけど見た目も中身も少なくとも甲斐と平古場よりはマシだぞ。俺真面目に練習するつもりで来たんだぞ。テニスしたいしテニスしたいし、ゴーヤそんな好きじゃないし。

俺の今日の予定はテニスをする事で海に行く事じゃないんだ。なのに何で今砂浜に居るのだろうか。

「やっぱ、でーじ美さんさー!!」
「ほれ、見てみぃよ苗字。」
「ぁあ……?」

促されて仕方なくやんわりと拘束を解き振り返る。ああ、見慣れた海でも本当にお前は表情豊かだな。テニスも楽しいし好きだけどされでも馴染み親しんだこの海も大好きなんだ俺は。

「はぁ…ま、たまにはいいか。」
「苗字は単純な。」
「甲斐だけには言われたくねーよ。」

そう言いつつも穏やかな気持ちでいられるのは広すぎて綺麗すぎるこの海に恋をしてしまって居るからだろうか。

「って、お前ら泳ぐつもりか!?」
「当たり前やっし!」
「苗字も来いよ〜!」
「マジのサボりかよ馬鹿ども!」

俺はそう怒鳴る間に間合いを詰めてきた平古場に気づかなかった。次の瞬間二人より一回り小柄な俺の体はいとも簡単に宙を舞っていた。

あ、くそ目に入った痛い。これは完全に俺も道連れルートだ。やだなぁ、なんとか回避できないかと思ってたゴーヤは確実になってしまった。酸素を求めて浮上すると馬鹿みたいに大笑いする声が聞こえる。何なんだよもう。楽しいな。周りを見渡すと他の奴らも見えてきた。なんでもいいや。こっちに向かってくるあいつらもみんな巻き込んでやろう。いいだろ、たまにぐらい。大目に見ろよ部長。