ジェラシーピーチ

両手いっぱいに抱えられたプリントはバサバサと音を立て宙を舞い床に落ちていく。突然の出来事に私もぶつかってしまった相手も呆然と立ち尽くすしかない。

「ご、ごめんなさい!」
「俺こそ前見てなくて悪いな!」

慌てて頭を下げる私に天真爛漫という言葉がぴったりの笑顔を向けてくれる人。ああ眩しい。

「あ、桃か。」
「よお苗字。」
「生徒会か?」
「うん、そう。桃は?急いでいたみたいだけど。」
「お、俺か?俺はー……。」
「桃城。」
「て、手塚部長。」

言い淀む声を遮るように聞こえるのは凛と響く低音。テニス部部長、そして生徒会長の手塚先輩。

「こんにちは手塚先輩。どうかなされましたか?」
「あぁ、桃城に用があってな。」

私に向ける顔は生徒会長の顔。けれど桃に向き直った途端テニス部部長の顔になる手塚先輩。桃は薄々何を言われるか察しているのか苦虫を噛み潰した様な顔をしている。

「桃城、中間のテスト結果が良くなかったようだな。お前のクラスの担任の先生から俺に話が来たんだが。」
「す、スンマセン……。」

そう言えばこの前先生が呆れて桃にテストを返していたのを思い出す。確かに桃のテストはいつもお世辞でも良いとは言えない点数だったけれど、まさか先生から手塚先輩にまで話がいくほどとは。

「苗字にでも教えてもらってはどうだ?」
「えっ、」
「は!?」

突然の提案に二人して素っ頓狂な声を出す。確かに桃とはそれなりに仲は良いけれど。桃と勉強となると二人で、が必然になる。そんなのいくら常時なんともない振りの私でもいつボロが出るか分からないし集中できる自信もない。

「あ、あー、そっすね、それも良いかも。」
「苗字も良ければ教えてやってくれないか?」

なんと断りづらい2人組だろう。そもそも桃と勉強するのも本心から嫌なわけじゃないから困る。

「…いいよ、私で良ければ。」
「んじゃ、次のテスト前はよろしくな!」
「そう言えば苗字はどうしたんだこんな所で。」
「あ、はい。手塚先輩の所に行くつもりだったんです。生徒会の書類で渡すものがあったので。」
「そうか、悪いな。いつもありがとう。」

資料を受け取り一通り目を通し内容を軽く確認を手塚先輩は様になっているといつも思う。桃も黙って立ち去るのも変だと思っているのか静かに待っている。

「間違いも特にない。働き者なのは良い事だがあまり無理をするなよ。」
「手塚先輩ほど仕事も多くないですし大丈夫ですよ、ありがとうございます。」

私がそう告げると珍しく先輩の表情は僅かに緩む。私と桃が惚けている間に手塚先輩の手は私の頭に。

私の頭に…

「え、え!?先輩、あの…!」
「また頼む。」
「は、はい!!え、はい!?」

私の理解が追いつかないで困惑している間に颯爽と去っていく先輩。置いてけぼりの私たちは開いた口が塞がらないといった状態だった。

「ビックリしたぁ…。」
「部活以外だとあんなんなのか…。」
「あはは、まあ私の背が小さいから良い位置だったのかもね。労ってくれたんでしょ。」

素直にあの先輩に褒められるのは嬉しいけれどまさか頭を撫でられるとは思わなかった。テニスをしているからかゴツゴツとした手。その割に手つきは優しく落ち着くものだった。

「…嬉しそうだな。」
「そりゃあの手塚先輩だし。以外というかなんというか、ギャップ?」
「ふーん……。」

口を尖らせて言う桃はどこか上の空といった感じだ。私も用は終わったしいつまでもここに居るのもおかしな話だ。

「苗字。」
「何?私たちもそろそろ教室に戻ら……」

急にグラグラと揺らされる頭。さっきとは正反対の手つき。それが桃の手だと理解はしていても反応が返せない。大きな手の主は無言で私の髪を散らしている。

「も、桃…?」
「お疲れ様!!」

私の好きな満開の笑顔。慣れないことをしているからかほんのり赤い頬。私の方がきっと赤いけれど。体感的には蒸気が出てるんじゃないかと思うほど。

「な、に……。」
「ん?別に?あーでも、うん、俺にもワンチャンあるかねこれは。」
「えっ。」

もう私の頭はパンク寸前だ。至近距離で笑顔を見たり勉強を教えることになったり頭を撫でられたり。

「譲れねえな、譲れねえよ。」
「は、はぁ?」
「よし、教室戻るか!」
「え、うん?」

自分のことで一杯一杯の私は先を歩く桃の顔が真っ赤なことに気づかなかった。