隔てる

「何だ、伊達眼鏡か。」

前の席に座る男は見慣れた丸い眼鏡をかけながら言った。彼の小さな顔には少しばかり大きいのだろう、似合っていない。

「返して。」
「伊達なら別に困んないじゃん。」

放課後、日直の仕事があった俺は同じく日直の苗字と教室に残っていた。苗字はダラダラと口を動かしながらスローペースで動くためすっかり日は傾き教室は赤く染まっていた。

「レンズ一枚如きで何を遮りたいわけ忍足は。」
「深い意味は何も無いんやけど。」
「見たくないのか見られたくないのか。」
「人の話聞いてるか。」

苗字という男とはただのクラスメイトで、いやクラスの中では割と仲は良い方だろうか。席は俺の前で授業中でも気にせずに話しかけて来る。うるさ過ぎることが無く落ち着いては居て話しやすい。ただ発言が突拍子もないことがあるのが偶に傷だ。現に今彼が何を思って話しているのか読めないし理解ができない。

「髪も切れば良いのに。勿体ない。」
「何がや。」
「折角綺麗な顔してんのになあって。」

ああ、これは不意打ち。机に垂れながらも顔だけはこちらを向いていて眼鏡から覗く上目遣いのめは沈みかけの太陽をキラリと反射させていた。

「目は口ほどに物を言うって言うやん。」
「うん?」
「読まれたくないから何枚も重ねて遮んねん。」

なぜ俺はこんな話を苗字にしているのだろうか。聞かれたから?それにしても誤魔化せば良いはずなのに。

「じゃあ奪い返せばいいのに。俺が抵抗しないのに取り返さないのは知って欲しいからじゃないの。」

逸らしていた目を苗字に戻すと真っ直ぐに俺を見る視線とぶつかった。

「隠してる自分を知って欲しいんだ忍足は。隠してるのは怖いからだ自分を知られるのを。」

淡々と言葉を紡ぐ苗字の目は真っ直ぐで全て見透かされている様だった。それでも居心地が悪いとは思えないのはこれが苗字だからだろうか。

「多分苗字にだけやで。」
「ふーん?」
「そんな暴こうとしてくるのも、拒否しないのも。」
「否定しないんだ。」
「お前になら全部知られてもいいかなぁって。その代わり苗字の事も俺に教えて。」

それっきり黙り込んだ苗字の眼鏡に掛かっている前髪を掬い上げる。丸い目、夕焼けに紛れそうな程赤く染まった頬、薄く開いている唇。

「ああ、確かにこれは勿体ないかもな。」