明日もこのまま

ドンッ、と突然背中に衝撃が走る。これが戦闘の最中ならばすぐ様反撃の手段に出ているところだ。いや、そもそも戦闘中ならば背後に近寄らせないが。そうしないのは少なくともこの場所が自陣の敷地であることと背後の衝撃が見知った気配であったからだ。

「ベ〜ル〜。」
「しししっ怒んなって。ナイフ持って刺したわけじゃないんだからさ。ちょっとぶつかっただけだろ?」
「危ないだろ。転んだらどうすんだよ。」
「どうもしねえしそもそも転ばねえよ。てか転んだくらいで大した怪我しねえし、そんなの心配すんのここじゃ名前ぐらいだぜ。」

確かにベルの言う通りではある。ヴァリアーに気配を悟らせず背後を取るなんて事できる奴は滅多に居ないし、突進されたぐらいで転ぶ人間は居ない。それでも常識という物がヴァリアーの中で薄れている中1人でもまともな人間が居なければいよいよ此処は無秩序な場所になってしまう。だから俺は常識を唱えるのだ。

なかなか背中から離れない然程差が無い体格のベルを背中におんぶの状態にする。それが気に入ったのか俺の顔の横でベル嬉しそうに小さく笑い声を漏らしていた。

「やけにご機嫌だな。」
「名前明日オフだよな。俺もオフになったからさ。」
「ふーん。久しぶりだな、揃ってのオフは。」
「まあスクアーロに俺の任務押し付けて来たんだけど。」
「おいこら。」
「だってつまんなさそうだったからさ。それならお前とオフ合わせた方が楽しいじゃん?」

ベルと俺は年が変わらないからかヴァリアーに入った時からよく一緒に居た。そして気まぐれなベルと真面目すぎず不真面目すぎない俺との相性は悪くないようでお互い自分のペースを乱されることが無かった。そうなればお互いを理解するのは比較的簡単でベルは俺をからかうのが上手かったし、俺もベルの扱いがヴァリアーの中で一番上手かった。その事については他の幹部にも一目置かれて居てよく褒められる事がある。しかしそれは友人関係の延長であって意図したところではない。それに俺は基本的にはベル優先であって何もかもとは言わないがベルの味方でベルと何かしらやらかす事も少なくないのだ。今回だって形だけは咎めるがベルと休みが被るのも久しぶりで遊べるのも久しぶりで、スクアーロには申し訳ないが助ける気もないのだ。

「何する?」
「そうだな、ゲームしてもいいし外でて誰か殺りに行っても良いし。名前とならショッピングってのもありだけどね。」

楽しそうに明日の予定を考えるベルを背負いながら広い廊下を進む。ベルもどこに向かって居るか分かっているからか何も言わない。

「じゃあとりあえず晩飯食べてお菓子大量に用意して今日はゲームしよう。明日は寄り道しながらショッピングでどう?」
「しししっ最高じゃん。服、選んでやるよ。」

楽しそうに笑いながら首に回った腕に少し力が入り俺の顔にベルが近づく。このままだと色々と危ないレベルの近さだ。そんな事を危機感無く考えて居る間にリップ音も鳴らず静かに口と口が引っ付いてそして離れていった。驚きともなんとも言えない感情が渦巻く中、誰にとも分からない言い訳が脳内を占める。俺とベルは確かに仲はいいけれど、友達と言うのは少し違って、好きだけれど、そういう恋仲だとかそう言うのではないのだと。

「…何してんの。」
「キス。何嫌だったわけ?」
「いや、別に?」
「もうちょっと面白い反応しろよ。王子のキスだぜ?」
「ベルだしなあ。」
「なんだそりゃ。」

そもそもキスとも言えないような触れ方で呆気なさだ。挨拶という線は皆無だろうが。意図を探ろうと視線をやるが前髪のせいで隠れている瞳では何も読めない。きっとどうせベルのことだから大した意味はないのだろう。

友達というには仲が良すぎて、親友と言う言葉は俺たちには綺麗すぎて、恋仲という言葉は俺たちの環境に不釣り合い。家族というにはいささか危険が多すぎる。きっとどんな関係にも当て嵌まってどんな関係にも不釣り合いなのだ俺たちは。だから寧ろ俺とベルには何が起きてもおかしくないしきっと全て受け入れてしまう。

キスごときベルにとっては俺との遊びの1つなのだろうとも思えてしまう。そして俺はそんなベルとの遊びにドキドキするわけでも無くただただベルだからと受け入れてしまうのだ。嫌悪なんてものはお互い存在しない。ただの戯れ、コミュニケーションなのだと。それ程までに俺とベルは一緒に居たし理解して居るのだ。そしてお互い分かっている。このまま俺たちは曖昧な関係で曖昧な感情を持ちながらも永遠に変わらず隣に立って年を取っていくのだと。それをお互いが望んで居ると。

「お腹減った。」
「これ飯食いに向かってるんじゃねえの?」
「向かってるけど荷物が重過ぎて…。」
「誰が荷物だ、誰が。」
「…ふっ、はははっ。」
「…何、ご機嫌じゃん。」

さっきまで機嫌が良かったベルは俺が笑い出すと怪訝な顔をして聞いてくる。俺の機嫌が良かったらそんなに変か。

「いやぁ、明日が楽しみだなあって。」
「ふーん?」

満更でもなさそうな曖昧な返事に俺はまた機嫌が良くなり今度はしっかりとリップ音を鳴らすキスをしてやった。