「う、うぅ………。」
「あ、エースが倒れた。」
日も高く昇る頃、甲板で読書をしているとそんな声が耳に入った。緊急性は無さそうだがチラリと様子を見ると意識はあるみたいだ。心なしかエースに限らずみんないつもより元気がない。
「は、腹が………減った……。」
この船は現在食糧難らしい。
「サッチ、次の島まで保つのか?」
「ギリギリなんとかって感じだな。ただ全員いつもより少なめにするから、腹一杯まではなぁ。」
「サッチィ…何か食わせてくれよぉ〜……。」
「大体なエース!お前が毎日アホみたいに食う上に盗み食いするからだろ!」
「気付いてないとでも思ったか!?」
「ギクゥッ!!」
倒れたエースが責められてるのを横目に私は一つ疑問が浮かんだ。
「サッチさん、私ずっとお腹いっぱいにして貰ってるんですけど…気にせず減らして下さいね?」
皆んなは空腹に堪え兼ねて居るが私は至って正常だった。もしかしてお客様扱いされてるのではと疑っている。戦場で食べれないなんて事はザラに有ったのだからこんな怪しい女のご飯なんて気を使わなくていいのに。
「ダメだダメだ!嬢ちゃんの胃が小さすぎるんだ、寧ろ最初からずっと少なめなんだぞ。これ以上減らすのは栄養的に認められん。」
「え、そうだったんですか?」
「宴の時からそんなに食べてなかっただろ。まあ美味そうに食べながら知らねえ食材の事聞かれちゃ、口に合わないって事は無かったんだろうが。」
「毎日美味しいです、食べた事の無い物ばかりで。」
「そりゃ良かった。ま、ならちゃんと今の量食べてくれよ。」
そうまで言われてしまっては拒否できない。本当にお人好しな人ばかりの船だ。しかし島まではまだ暫く掛かるらしいのに一体どうするのだろうか。海上初心者には案が出てこない。
「ナマエ〜。」
いつの間にか頭にたんこぶを作ったエースが木材を抱えて私を呼ぶ。その痛そうなたんこぶには触れないほうがいいのだろうか。
「どうしたの?」
「釣り竿作ってくれ。釣る。」
「釣り、」
「ん?」
「いや、釣りをした事が無くって…。」
「え!?じゃあナマエもやろうぜ!」
内陸国な為釣りの経験が無かった。エド達がたまに何も釣れないだろうに川釣りに行くから釣り竿だけは見た事があったけれど。エースから材料を受け取り強度優先で釣り竿を錬成していく。この世界の魚は私の知って居る魚と生態がまるで別物だから用心してしまう。
「はい、出来たよ。」
「おー!ありがとな!!みんな、ナマエが釣り竿作ってくれたー!!」
一本だけ手元に残して、エースに返すと皆んなお腹いっぱい食べたいからか意欲的に竿を取りに来た。残った私の手元を見てエースが楽しそうに笑うものだから私も釣られてしまう。釣りだけに、なんて。
「エースが教えてね。」
「おう!任せろ!」
そうは言っても相手は生き物だから簡単には行かない。質素な餌に魚は中々食い付かず横に居るエースはうつらうつらと船を漕いでいる。私も手持ち無沙汰でただゆらゆら揺れる波を眺めているだけだ。仕事をする訳でも、研究する訳でも無い。ただ考えるべきはこの船を降りてから、どう帰るかだが賢者の石がある訳も無いので結局手持ち無沙汰だ。何にも追われる事のない時間はいつ振りだろうか。軍服をこんなにも着ない日が続いた事はない。
海は時間毎に色を変え鮮やかで、空は広く時に厳しく、船はいつも陽気で楽しげだ。世界はこんなにも美しい。私がとっくに無くしたと思っていた物は無くなってなどいない。私が勝手に不要だと思い込んでしまい込んだのだ。
「おーい、エース落とすなよ〜。」
「は〜い!」
揺れるエースの様子を見ると竿が少し撓って動いている。
「エース、起きて。釣れそう。」
「んぁ?」
エースを起こしたその瞬間、竿の引きが大きくなり海に引き摺り込もうとする意思さえ感じた。寝起きでは大きく傾いた体のバランスが取れず落ちそうになるエースにしがみついて何とか耐える。が、
「アームストロング少佐より重い…!?」
「うぉおおおっ!?やべぇ!!っおい!手伝ってくれ!!」
少しずつ引っ張られあわや落ちる、と思った瞬間に勢い良く後ろに引っ張られる。
「おいおい、海王類引っ掛けたんじゃねえだろうな!?」
「だとしたら飯には困らねえなぁ!」
続々と集まる船の人達にエースと共に引っ張られ何とか船の内側に戻るがまだまだ向こうの勢いも止まらない。一体後ろには何人居るのか分からないが、この魚を逃す気は無いらしい。
「っしゃあ引くぞぉ!!」
「「「せーーーーのっ!!」」」
掛け声に合わせて全員で力を入れる。すると思っていたより人数が居たのか勢い良く引っ張られ、釣竿の先は宙に浮いた。
「…は?」
浮いたのは、恐らく魚。形状が魚の特徴をしているから魚だと思えるだけで大きさは魚だと思いたくない。あれが噂に聞く海王類か。船に大きな影を作ったそれは、そのまま落下しそうだ。衝撃でどうなるか分かったもんじゃない。どうにかする為に錬成しようとすると暖かい手に止められた。
「ちょっと!」
「大丈夫だ。」
自信満々に笑いながらそう言うのだから腕が脱力してしまう。魚の行末を見守ろうと顔を上げると多数の斬撃が魚を襲った。綺麗に捌かれ一つ一つ軽くなった物を屈強な体格の者達が器用に受け取って行く。対して船が揺れる事なく事は終わったのだ。見事でしかない光景だ。
「サッチ!これで島まで保つか!?」
「あぁ!充分だ、たらふく食え!」
「「「よっしゃあ!!」」」
「凄いな……。」
「うちは剣士は多いからな!」
「それもあるけど…。」
「?」
「信頼してるんだなって。」
無条件に、どうにかなると思えるそれは何処から生まれるのか。切られた魚に集まり賑やかな皆んなを外から見ながら呆然と思う。エースも誇らしげに皆んなを見ていてどこか羨ましくも思う。そんな私達の話をいつから聞いていたのかふと背後に人の気配がした。
「まあ、俺らは家族だからよい。」
「マルコさん。」
「どうしたんだ?」
「エース、魚焼くの手伝ってきてくれ。中のオーブンじゃ入らないらしくてねぃ。」
「よっしゃ!任せろ!」
言うや否や駆けていくエースを見送るがマルコさんが移動する気配はない。
「同じ釜の飯を食った仲って言うだろう。」
要は、私をそれなりに信用していて身内で良いだろうと。だから私も皆んなを信用して身内だと思っても良いと、そう言ってくれているのだろう。なんて嬉しい話だろうか。でも私はそれに頷けない。
「…私は軍人で、もう少ししたらこの船を降りますから。」
「エースが拗ねるねぃ。」
「いずれ忘れるでしょう。」
「あいつはそんな薄情じゃねえよい。」
本当に忘れてくれたら良いのに。私にはやる事があるから、戻るべき場所があるから必ず船を降りる。けれどお世話になったこの船に、私は何も恩を返せない。そんな女の事なんて忘れてくれれば良い。忘れて何も気にせず笑えば良い。
「おーいナマエ、マルコ!焼けたぞ!」
そう嬉しそうに呼ぶエースの事を忘れられたら良いのに。
釣り
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