冷たい。
冷たい、寒い。
全身の熱が浸かっている液体に奪われていく。
顔の半分は沈んでいるから下手に動けば呼吸が出来ない。ああ、この匂いは。
血か。
「っ、いっ………たぁ…。」
起き上がると同時に腕に強烈な痛みが襲う。折れてはいなさそうだが、打撲、擦り傷が酷いのだろう。
「何、ここ。」
真っ暗な空間に私の声だけが響く。やはり私が浸かっていたのは紛れもなく、血の海だった。
「エド!?エド、居ないの!?リン!?エンヴィー!?」
声を張っても返事はない。遠くにいるのか、ここには居ないのか。周りに誰も居ないのであれば、腕はなんとかなる。
発生源不明の瓦礫まで着くと手にべっとりとついた血で錬成陣を描く。錬成陣の上にしゃがみ、発動させる。普段の錬成反応は囲まれる事がないからマシだが、囲んで光ると眩しくて仕方がない。光が収まり腕を動かす。違和感はない、上出来。仕上げに錬成陣の痕を消す。これで証拠隠滅も完了だ。
腕の痛みから解放された思考がようやくこの場所に向けられる。風はなく、まともな建物もない。抉られた様な瓦礫や骨になった死体が転がっているだけだ。グラトニーの腹の中がまさかこんな事になっていたとは。私はあの悪食に食べられたのだろう。一体悪の親玉は何をしようとしているのか。何のために"ココ"を作り利用しようとしているのか。それとも"コレ"は目的への途中経過なのか。だとしたら何を作ろうとした?
「おやぁ?誰かと思えば、オネエサンの方か。何勝手に巻き込まれてくれちゃってるのかな。」
「エンヴィー。」
暗闇の先から現れたのはエンヴィーだった。座り込んで考えていたせいで近くにいた事に気付かなかった。エンヴィーの他に気配はない。
「運良くエド達はここから免れてるなんて事あったりしない?」
「1番最後に突っ込んできたアンタが来てるなら確実にここに居るだろうね。」
「そう。」
「もっと動揺したり心配とか無い訳?」
「ここに来た事で私に怪我が増えたり身体への影響は見当たらない。ならエド達も身体的には無事でしょう。幸いエドはサバイバル慣れもしてるし。考える事はどう合流してここから脱出するか。」
「ふーん。」
「人柱候補と賢者の石を持つ貴方がここで共倒れするのは"ソッチ"も損失が大きいんじゃない?協力した方がいいと思うけど。」
「自信満々で面白くないなぁ………、まあいいよ。僕もこんなところで無駄に時間だけ過ぎていくなんてごめんだからね。」
食事の必要も睡眠の必要も無い。老いのないホムンクルスにとって外傷の与えられないという事は賢者の石が消費されないという事。半永久的に死ねないこの空間に閉じ込められるのは苦痛ではなくとも面白くはないだろう。
「それで?どうやっておチビさん達を探すのさ。」
「………ここが、仮に擬似真理の扉だとする。本物の真理の扉の先に何があるかは知らないけど、有機物があるとも有限の物だとも思えない。つまりそれを模したここも人の足で測れる広さとは思えない。」
「ふーん、大体合ってるから続けなよ。」
「そしてここに瓦礫やこの血溜まりがあるのは簡単に言えば大方グラトニーの消化不良のような物。広さはあれど飲み込んだ物に法則性はある。この近くにある瓦礫の半分は中央でよく見る建造物の特徴がある。それも最近のもの。世界とここの座標が連動してるか、もしくは飲み込まれた時期によって近い場所に在るのか。」
「成る程ね、あり得なくはないか。」
「どちらにせよこの空間の広さを基準にしてそう遠くない所には居ると思う。そして私は後者の説を推すわ。」
「何で?」
改めて血の海に浸かる瓦礫を見渡す。つい最近まで中央にあった店の看板。さっきまでいた廃屋の木材。本以外で見た事のない技術で作られた柱。
「ここにあるのは直近の物と、数百年…はたまた数千年前の物だからよ。時代が極端過ぎる上に大昔のものは国外の遺跡。なら座標じゃないわ。聞きたくないけど、数百年以上飲んでないわけ無いわよね。」
言質を取られる気は無いのか私の問いに言葉は返さずただエンヴィーは笑みを深めた。まあそれが答えだろう。
「じゃあこの空間の時代が一周してるんだわ。離れた所に行けば間の時代の物もあるんでしょう。それらも気にはなるけど…今はエド達を見付けるのが最優先。ならこの時代の建造物を辿って行けばいずれ見つけられる筈よ。」
「………オネエサンの頭の中どーなってんの?」
さっきまでの笑みはどこへ行ったのか今度は有り得ないほど引いた顔をする。真面目にこの空間の事を考察したというのに。とりあえずこれで見付ける可能性は確実に上がっただろう。
「伊達に国家錬金術師やってないわよ。」
「いやいや、オネエサン程気持ち悪いの中々いないって。」
「喧嘩売ってる?」
「いんやぁ?褒めてるんだよ。いくら国家錬金術師と言っても頭の出来は色々だからね、馬鹿も多い。ところで向こうはここの事に気付いてオネエサンの言う範囲で動くと思う?」
「信じるしかないって、言いたいところだけど残念。無理でしょうね。焦ってるだろうから。」
「じゃあ無理じゃん。」
「でも昔の瓦礫がかなり興味深い物よこれ。それに気付いたら気になるでしょうから、急げば間に合うわ。」
「へぇ、そんな凄いものなんだ?」
数千年前に突如滅んだ王国。今残っている物はほんの僅かな遺跡。錬金術師の始まりと言われたその地。
「だってこれ、クセルクセスの物よ。」
擬似体験
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