戦火の最中、僅かな休息。月明かりが眩しい今夜は見晴らしが良過ぎるからと待機を命じられた。そんな時だからこそ私は後方に備えられた救護テントに来られた。テント周辺には警護担当の僅かしかおらず、隊服だけでは訝しまれても銀時計を見せればすんなりと通してもらえた。
「だっ、誰だ!」
テントから漏れ出た光で出来た私の影に中の人は驚いた声を出す。
「夜分に失礼します、ドクターマルコー。東部より参りましたナマエ・ホーエンハイムです。」
「ナマエ……、確か史上最年少国家錬金術師の…。そうか、君が。」
「ドクターに知っていただけたとは光栄です。」
「君みたいなのが私なんかに一体何の用だ。」
懐疑心を抱いているのを隠しもせずにマルコーさんは問う。この錬金術大国で何故か医療系の研究が進まない。独学で研究を進めても被検体が自分の体のみの現状では、この研究が合ってるのか間違ってるのかも分からなかった。そんな国で医療系の数少ない術師であるマルコーさんからなら学べる事があるのではないだろうか。そう思い私はこの戦火の最中テントを訪れていた。
「こちらを見て頂けますか。マルコーさん程の方なら何かは見れば分かるかと。先人である貴方にご教授頂きたい。」
私がした医療錬金術の研究を纏めた小さなノート。簡易的に暗号化されているが、一般人はおろかそこら辺の錬金術師でも理解出来ないだろう。けれどその道を極めた人となれば容易い物。わざわざマルコーさんに解読手順を教える必要もない。訝しげに受け取ったマルコーさんはそれが研究書だと分かると目を見開いて私を見る。けれど私はそれを読んでもらわないと帰れない。無言で返却を拒否すると恐る恐る表紙を開いてくれた。
「……これはっ!」
「私は独学でここまで研究しました。けれど、間違っているのかどうかも分かりません。」
マルコーさんの顔に浮かぶのは焦りと僅かな恐怖だ。
「君がここまで出来る事は誰か知っているのか。」
「いえ、まだ誰にも。直属の上司にも伝えておりません。」
「なら…そのまま誰にも言わない方がいい。この研究内容も実際に使える事も、例え軍の誰であってもだ…!」
「それは一体…?」
「君の研究は正しい。私にほど近い所まで出来ている。けれどここまで出来るのであれば分かっているんじゃないのか?何故この国で医療錬金術の研究がこんなにも困難なのか。」
薄々、研究しながら考えていた事だ。明らかに少ない書物と限られた術師。その術師たちも簡単に会えないような人ばかり。だからこの戦場という混沌の最中を狙った。意図的な隠蔽と選別から逃れるために。
想像できる事は二つ。生体錬成術と医療錬金術から優秀な人材を集めて何かの研究に加担している、マルコーさんを含めた術師達。そしてその研究をさせている"上"が人間に長生きされたくないからとその術自体を制限した。マルコーさんも分かっているからこそなのは分かっている。
「それでも私には守るべきものがあります。有事の際に使える手段を見過ごす事なんて出来ません。」
「〜〜〜っ!その若さでどうしてそこまで無茶をする!こんな戦争にまで来て、この国の歪さを知らないから…!」
マルコーさんはきっと優しい人だ。初めて会った私を、軍人である私を、こうまで心配してくれるのだから。
「分かってます。」
「!」
「全部、分かってます。」
その上でここに立っている。
「守りたいものは全て守りたい。そのための覚悟ならとうに出来てる。」
「………、難儀だな君も。分かった、研究する事自体は止めない。だがやはり誰にもそれを知られるべきではない。紙に残すのもやめなさい。…君が、守りたいものにどうしても必要なその時まで。」
「マルコーさん、」
「君の研究は合っている。その若さで容易には辿り着け無い所まで。」
そう言いながらマルコーさんは手元のノートを分解した。私も言われた通りこの戦争から帰る事が出来たら家にある研究書を燃やす事にしよう。間違ってない事が証明されたのなら紙で残す意味はない。
「さぁ、そろそろ行きなさい。長居しては目を付けられる。」
「ありがとうございます、マルコーさん。」
明日もまた戦場に立つために私も体を休めなければならない。自分のテントに戻ろうと足を進めようとする。けれど私はふと思い立って振り返りマルコーさんに向き直った。
「マルコーさん、お礼に一つ。」
「?」
「この戦い、必ず生き抜いて下さい。そしてその後も長生きして下さい。きっといつか、この国で表立って研究出来るようになりますから。」
「何をバカなことを…。」
「私の友人はいつか大総統になるそうなので。」
バカみたいに優しい彼には似合わないだろうに彼になら出来ると思ってしまう。いつかこの国を変えてくれるだろうと。けれど、この国に苦しめられて長いのだろうマルコーさんには私の言葉を到底信じる事は出来ないだろう。
「……いつか、また。」
「…あぁ。」
テントを出ると抑えられてた砂埃と硝煙の匂いが肺に満ちる。私は明日も戦場に立つ。いつかの未来がきっと今より良いものになると信じて。
空夜
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