微睡からゆっくりと意識が浮上する。覚えているのはエースが部屋に来て、倒れてしまう直前まで。ああ、やってしまったな。
目を開けると私の部屋じゃなかった。部屋は暗いが散々来てれば見覚えがある。医務室、ならエースが連れて来てくれたのだろう。薄っすらと薬だけは飲んだ気がする。エースにも、恐らくマルコさんにも迷惑と心配をかけただろう。謝りに行かないと、と思い体を起こそうとするがどうにもお腹の方が重く持ち上がらなかった。それにどうにも手が暖かくて引っ張られている。一度諦めて体を寝かせ重さの正体を確かめる。

「………。」

そこにはエースが私の手を握ったまま突っ伏して寝ていた。よく見たら枕のそばに濡らしたタオルも落ちていた。看病、してくれたのだろうか。慣れない優しさにむず痒くなる様な、胸の奥がギュッとする様な。この気持ちはなんだろうか。
あの狭いアパートが嫌いだった訳じゃない。大家さんも好きだ。小さい頃面倒を見てくれるのはあの人で、体調を崩せばいつも以上に迷惑を掛けた。他人だから、ずっと一緒に居てくれる訳じゃない。1人の時が多かった。だから、体調を崩さないようにした方が早かった。誰にも迷惑も掛けず、1人で苦しさに耐えて泣くことも無くなる。だから、長い間体調を崩して、それも倒れるなんて事無かったのだ。
あぁ、気が緩んだのか。漸く自覚したそれは不快じゃない。

「…エース、起きて。」

薬が効いたのか随分と楽になっていた。喉も渇いたから一先ず身体を起こしたい。寝てるところを申し訳ないが起こさせて欲しい。空いてる方の手で潮風でパサついた髪の上からポンポンと叩く。すると握られた手に少し力が込められた。元からそうだが寝顔は一層子供っぽい。少し面白くて握られた手を持ち上げて揺らす。

「ンンッ……。」
「エース。」
「ナマエ……?」

寝惚けてるのか焦点が合うのに時間が掛かる。漸く目が合うとエースはがばりと身を起こした。

「ナマエ、お前、大丈夫か!?平気か!?な、何か食うか!?あっ!!マルコ…!」

余程心配を掛けたのだろう、その慌て様にうっかり笑いそうになる。マルコさんを呼びに行こうにも私の手は握られたままで、引っ張ってからその手に気付いたらしい。

「わっわりぃ!」
「落ち着いて。大丈夫だから。」
「…本当か?」
「うん、薬も効いてるしエースが看病してくれたからもうすっかり元気。」
「でっ、でも倒れたんだぞ?」
「じゃあ、ちょっと寒いからもう少しこうしてて。」
「……。」
「ね?」

私との間にある繋がれた手をねだる様に揺らす。寒いのも、本当。でも何より、久しぶりの体調不良で人恋しくなってしまったのと、それを察してかエースが側に居てくれたのが嬉しくて。もう少し、この暖かさに触れていたかった。分かってくれたのかエースは椅子に座り直した。私も落ち着いて体制を整えて漸くサイドテーブルの水に手が伸びた。

「ごめんね、心配かけて。」
「いや…、」

手は離れないけど、目は合わない。いつもの元気もなく、落ち込んだ犬の様にしなっとしている。それが少し可愛くてつい笑ってしまう。

「ふふっ。」
「な、何笑ってんだよ。」
「こう言うと不謹慎かも知れないんだけど。」
「…おう。」
「体調悪くなって、ちょっと得したなぁって。」

そう言うとエースの目は奇妙な物を見る目に変わった。失礼だな。

「あまり体調崩す事が無かったから、看病なんてされたの久しぶりで。嬉しくなっちゃった。」

なんて私の言葉にエースは何とも言えない顔をする。口はモゴモゴとしてるのに、何も言わない。一体何を思ってるのだろうか。迷惑だなんて、エースが思う事は無いとは思うけれど。

「なら、やっぱりもうちょっと休んどけ。」
「えぇ?」

不意にトンと押された方は力に逆らえず体がベッドに沈む。驚いた隙に頭まで布団を掛けられた。

「ナマエがちょっと休んだぐらいで誰も怒らねえよ。」

聞き慣れないあまりにも優しい声をするから、去ったはずの眠気を再び呼び寄せる。ゆらゆらと揺れる船は記憶にない筈の胎内の様で。薄れ行く意識の中、手を離せないまま眠りに付くことを私は謝れたのだろうか。
休息


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