膨大な情報の渦。
それが"真理"なのだと漠然と理解した瞬間、私は扉から投げ出された。その先は予想できるものでは決して無い。けれど。
なんで、なんで、なんで、なんで!
「海の上なんだよーっ!」
遥か上空から落下している事実に、初めて間近で見る海に感想を抱く暇もない。このままだと海に叩きつけられて無事では済まない。手持ちの布で浮力を作っても微々たるもので到底足りやしない。風圧に負けない様目を凝らすと真下に巨大な船が居た。幸いべっとりとこびり付いた血で鉄分には困らない。今なら"ソレ"が出来ると漠然と分かっていた。脳裏に浮かぶのは散々見た弟の姿だ。
パンッ
「船の人ごめんなさいっ!」
バチバチと発光する青白い光に呑まれながら手にした短剣を巨大な柱に引っ掛かっている布に思いっきり突き刺す。少しずつ減速するがそれでも殺しきれない勢いによって船の上に激しく落下してしまった。
「おい!人が落ちてきたぞ!」
「なんだ!?」
「敵襲か!?」
「分からんがマストがやられた!!とにかく捕まえとけ!」
粉塵が晴れる前に素早く立ち上がるが四方八方から向けられる敵意に思わず笑ってしまう。それも一つ一つの敵意からそれなりの強さが分かるものだから余計に。戦争の時でもここまでの手練れに囲まれる事はない。
粉塵が腫れこちらの姿が見えた瞬間一斉に襲い掛かってくる事は容易に想像できる。こちらに敵意は無いけれどこのままでは話をするのも難しそうだ。船の持ち主には申し訳ないが先手必勝。素材はたんまり足元にある。
「うわっ!?」
「なんだ!?」
「おい!どうなってる!」
「身動きが取れねえ!!」
「一体何が居るんだよ!!今この船に!!」
ゆっくりと晴れる煙から恐らく私の姿は相手から視認出来ているだろう。けれど襲われない事実に取り囲んでいた全員を捕縛出来た事を確信する。
「すみません、ここが何処だかお伺いしたいんですけどこの船の主は何方です?」
「女ァ!?」
「美人っ…だがふざけた事言ってんじゃねえぞ!」
「そうだ!美人でも親父には会わせねえぞ!」
「はぁ?」
動けない割に怯んだ様子は無い彼等の姿は、見るからに野蛮と言わざるを得ない乱れた服装に屈強な体格。明らかに漁業を生業としている風には見えない。内陸国のアメストリスではそもそも船はおろか海さえ見る事が無い為、比べる対象が居ないせいで彼等が何者なのか判断に困る。ここがアメストリスでは無い事は海に出た時から分かってはいたが異国だとこうも変わるものか。
全く話が通じ無さそうな彼等にどうしたものかと頭を悩ませる。ギャーギャーと騒がしい彼等を眺めていると突然ここに居る彼等とは段違いのプレッシャーを感じた。
「何……?」
「怪我した女にやられるとは…鍛え足りないのかねい。」
「おいおい、随分と俺の船をめちゃくちゃにしてくれたな。」
「隊長!」
「親父!」
船の中から出て来たのは十数人の、多分、人。どうやら私が相手をしたのはこの船の中でも下っ端の部類らしい。隊長と呼ばれた人達と、正直信じたくもない大きさの恐らく人であろう親父と呼ばれた人。この船の主と何らかの部隊長だと言う事は分かる。
しかし彼は本当に人間か!?周りにも見た事が無いサイズの大柄な人は居るが、目算5mは優に超えているサイズの人間を国が違うからで片付けていいものか。本当に私はただ異国に飛ばされただけなのか?
今のところ私の様子を窺われているだけで攻撃される気配は無いが一歩でも動けばその敵意に刺されそうだ。全員が何処ぞのイシュバール人にも劣らないかそれ以上のプレッシャーを持ち、一番でかい船の主は今まで出会ったことの無い圧を感じる。到底、私なんかが勝てる相手では無い。話をするなら今しかないか。船員を拘束している以上、体裁は悪いが聞く耳は持ってもらえるだろう。
「とりあえず話を聞いてもらえませんか…?」
「親父!この女妙な技を使います!」
「何の実か分かんねえよぉ!」
「あの、もう何もする気無いんですけど。」
話の進まなさに思わず脱力しそうになる、刹那。眩いオレンジの光、いや、炎が私の体を包もうとする。咄嗟にバックステップで距離を取ると、目の前には燃えた人。
「は?」
「親父に喧嘩売って無事で済むと思うなよ!!」
「あっおいエース!」
「グララララっ、好きにしろ。」
錬成反応は、無い。熱がってる様子もない。人体が燃える嫌な匂いもしない。散々炎の錬成は見てきたから構築式は頭の中にあるのにそのどれにも当て嵌まらない。燃えていると言うよりは、炎そのものが生きている様な。
繰り出される炎と拳を避けながら無意識に脳は目の前の現象を読み解こうとする。考えても考えてもその炎の発火元が分からない。例え賢者の石を使ったとしても錬成反応と異臭が無いのはおかしい。こんな事はあり得ない。
"「ありえない」なんて事はありえない"
私の言葉を否定するアイツの声が頭を過る。それは良くも悪くも、何が起きてもおかしくないと思ってしまう。
「あぁ、もう…!」
幾らか導き出される可能性。それを確かめるには聞かねばならない事が沢山ある。原理は分からなくても相手は炎。その弱点だって何度も見てきた。
「無能にすればいいんでしょう!」
後で直すと心の中で言い訳をして彼の真下に真っ直ぐな穴を作る。
「うおっ、嘘だろぉおおおお!」
抵抗する間も無く落ちて行くのを見送ると一瞬周囲が静まったかと思えば途端に騒がしくなる。
「おいおいおい、容赦ねえな!?」
「誰か浮き輪持ってこい!」
「えっ。」
「面倒なことしてくれるぜ。」
「ちょ、ちょっと!彼泳げないの!?」
「当たり前だろ!だから落としたんじゃねえのか!」
「なっ…。」
船乗りの癖に泳げないとはどういう事だ。それ以前にカナヅチを海に落として溺死でもされたら寝覚が悪すぎる。別に本気で殺意がお互い有った訳じゃないのだ。
「あ!おい待て!!」
誰かに止められる前に自分で作った穴に飛び込む。幸い逸れることなくそのまま真下に沈んでいく彼を見失う事は無かった。
散々エド達に付き合って川遊びしていて良かった。なんとか泳ぐ事は出来る。初めての海の塩気に目が痛いがなんとか男の襟を掴み持ち上げる。
「っ、はぁ…!」
「ゴホッ、ゲホッ…うぇ………。」
お願いだから、少し考える時間をくれないだろうか。海の上に出た時から一切見かけない子供達の姿を気に掛ける隙も与えられない。
「おーい、これに捕まれ!」
「………はぁ…。」
穴の空いた船の上から声が掛かると同時に浮き輪が投げられる。船員を抱えた相手に浮輪とは舐められて居るのか危機感が無いのか。私がこの男を捨て置くとは思わないのか。それとも私に対する罠か。どれにせよ男を殺す気も無ければ抱えて上がる術も無い私にはこの浮輪に捕まるしかない。
片腕で何とか捕まえている男は意識はあるものの脱力している。けれど海に浸かった割に体温は高く、私の体温も下がらないどころか暖かくて、落ち着いてはいけないのに殺気立つ気力が削がれた。ただ浮輪に捕まっているだけのこの状況で漸く事を考え出せる。
そう、確かに"あの時"の錬成に手応えはあった。子供達とは飛ばされた先が違うだけで無事だと信じたい。これでも指折りの術師だと言われてきた自負がある。彼等も無力ではない。守られるだけの子供じゃない。私の心配なんか無くとも前に進める子達だ。心配よりも今は自分の居る場所を把握して帰る事が先か。
持ち上げられた浮輪が着いたのは最初の甲板の上だった。どうにか捕らえていた人達も抜け出したらしいが私のせいで船はボロボロだ。最早私に動く気力は残されて居ない。扉を潜る前から戦闘続きで、今立っているのがやっとなのも自覚している。
「エースも負けたか。」
「っ、ゲホッ…負けてねえよ!!」
「完全に負けだよい。」
担いでいた男も意識はハッキリしているものの動く気力はないらしい。私の足元で船員の煽りに返すが覇気はない。囲まれてはいるものの先程みたいな殺意や戦意は感じない。その生温い空気のせいで脱力しそうな体に鞭を打って今一番私を不快にさせている濡れた服を乾かす。恐らく、彼の弱点もそれだろうから。
「動かないでね。」
「うぉっ。」
軽く体に触れて表面上の水分を飛ばす。それが彼にも分かったのか目はそれ以上無いくらいに見開かれ、途端に輝き出した。まさかそんな目をされるとは思ってもいなかったのでたじろいでいると頭上に影が差す。はっとして見上げると先ほどの様な威圧感は無くともその大きさだけで圧迫感がある船の主は、不敵な笑みを浮かべていた。
「親父!こいつ、」
「なに、何もしなけりゃ危害は加えねえよ。まあもう動く程の余力は無いだろうがなあ。小娘、悪魔の実の能力者って訳じゃあ無さそうだな……一体何者だ?」
これは私の長い、長い、旅の始まり。
「どうも私は、随分遠くに来てしまったみたいで。……お願いです、話を聞いてくれませんか。」
扉の先
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