初めて会った時、士官学校の同期だった。戦争にも行った。気付けば私はあの人の部下になって数年経った。
「ナマエ、今晩ご飯でもどうだ?良い店を聞いてな。」
「…行かない。」
「大佐ー、仕事中にデートの約束せんで下さい。」
「行かないって言ってるしデートじゃない。ご飯行くならリザと行く。」
「あら嬉しい。けど今日は予定があるの、ごめんなさいね。」
「中尉、ナマエが最後に休んだのはいつだ?」
「大体1ヶ月前ですね。」
「はぁ……、働き過ぎだ君は。明日は休みたまえ。今日も早目に上がりなさい。そして上司命令で食事に行くぞ。」
「休まないし上がらないし行かない。」
「明日は鋼のらに会いにでも行けばいいだろう。ホテルは毎回教えて貰っているんだろう?」
「教えて貰ってるけど……、今東部に居ないもの。」
「成程、通りで休まない訳だ。」
通りで、と言われると居心地が悪くなる。私だって分かっている。悪癖だ。趣味も何もない人間だから、仕事か弟達の事以外への時間の使い方が分からない。錬金術も一定以上の知識を持ってしまったから熱心に研究することも無い。査定だってその時に適当な理論を述べればどうにかなってしまう。お父さんの、優秀な頭脳を色濃く引き継いでいた。エドも査定なんて楽勝だと言うのだから似たもの同士だ。
「ナマエ、休むかどうかは置いておいて、大佐とご飯行ってきたら?ここの食堂ばっかじゃ栄養足りないわよ。美味しくもないし。」
「仮によ、仮に私が早上がりしてマスタングとご飯に行くとしても、マスタングは早上がり出来るの?」
マスタングの机の上に山のように積まれた書類を指差すと、皆んな面白いぐらいに目を逸らす。この山の内今日、明日までの書類も少なくない。
「……分かった、とりあえずナマエは今日は早く上がってご飯を食べて良く寝なさい。明日は元気なら来なさい、休むなら休みにしておくから。」
「はーいお母さん。」
「誰がだっ!」
「マスタング、はいコーヒー。」
「……何でまだ居るんだ。」
皆んなが帰った執務室で一人、誰も居ないからと無防備に頭を掻きむしりながら書類と睨めっこするマスタングにコーヒーを差し出す。一瞬だけ驚いてすぐに訝しんだ顔に変わるがコーヒーは受け取られた。
「終わった書類、全部提出してたの。」
「早く上がるように言っただろう。」
「じゃあそれ終わるの?」
「はぁ…、君は私を甘やかしすぎだ。」
頬杖をつきながらこちらを見るマスタングは、呆れていてそれでも優しい目で。これだから顔のいい男はずるい。
「鋼のらが君には素直なのも分かる。君は懐に入れた人間を甘やかしすぎだ。君がそんなに柔じゃないのも分かっているが、心配になるよ私は。」
「甘やかしてるつもりは、そんなに無いんだけど…。」
「だって君の無償の愛情だからな、それは。だから私達はそれに甘えてしまうし君が心配で守りたくなる。」
そう言いながらコーヒーを飲むマスタングは楽しそうだが私はある時気付いてしまったのだ。
「でもマスタングのそれは無償の愛情なんかじゃないでしょう。」
ピタリと動かなくなり目を見開くマスタングに失敗したと思った。言わない方がよかったかもしれない。気付いてないフリをしていた方がよかったのかもしれない。
「なんだ、気付いていたのか。」
だって貴方があまりにも優しい目をするから、私を甘やかそうとするから。それを伝えるにはあまりにも恥ずかしいけれど。
「あぁ、そうだよ。私のこれは下心だ。」
「……リザだって、他にも女の人は沢山いるのに。」
「確かに世の中素敵な女性ばかりだしホークアイ中尉も守るべき存在だと思っている。だが、甘えて欲しい、側にいて欲しいと思う女性は君だけだよ。」
そう真っ直ぐ私を貫く視線にやっぱり言わなきゃ良かったと再認識した。きっとマスタングはいい男の部類だ。そんな彼が私に想いを寄せてるなんて信じられるだろうか。女性に言い寄られている所もよく見る。逆にマスタングが女性を口説くのなんて日常茶飯事だ。大事にされてる自覚は、正直ある。けれどそれとこれとは別だろう。
出会って数年。多少歳の差はあれど、良い友人として良い上司と部下として関係を築いてきたつもりだ。けど一時から一等特別扱いされてると気付いてしまえば早かった。恋愛事に疎い私でもそうなのだろうと気付いてしまった。
それでも藪蛇を突いたのはマスタングならなんやかんやで有耶無耶にするかと思ったからだ。こんな風に返されると思ってなかったからだ。現に私は照れるでも無く、ただ困ってしまった。マスタングに返せるものが何も無いから。
「君が家族の事が一番でそれどころじゃ無いのは分かっている。ただ…そうだな、彼等が元の身体を取り戻したら、君は大総統夫人になる覚悟をしてもらうつもりだ。」
「なっ…!」
「だからそれまでは君は私に想われている事を自覚して、私の事を考えたまえ。」
そう笑うマスタングはやっぱり私に甘い。そうやって時間を与えて、逃げ道を与えて私が困らない様にしてくれる。ずるい男だ。
「なら未来の大総統さんはこの書類今日中に終わりますよね?」
「私に寝るなって言うのか!?」
「日頃の行いでしょう。ほら、手伝うから手動かして。」
「……コーヒーのお代わりをくれるか。」
「はいはい。」
「ナマエ。」
「はーい?」
マグカップを受け取り執務室を出ようとすると声がかけられる。まだ何かあるだろうか。
「明日は嫌なら休まなくても良いが、午前から来る事は禁ずる。これは命令だ。」
「ははっ、了解。」
夜はまだまだ長そうだから濃いコーヒーを淹れてあげよう。
コーヒー
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