母は純血なのにグリフィンドールに入るなんて、とヒステリックに叫び私の頬を打った。生まれて初めての出来事で、私はジンジンと痛む頬に手を添え、母にぶたれたという事実に唖然とした。

一族の恥。汚点。ろくでなし。ゴミ屑。出来損ない。

罵倒という罵倒をありったけ私に浴びせた後、彼女はかつては美しかったが今は艶を失いボサボサになった髪を掻きむしりながら蹲った。ああ、嗚咽が聞こえる。
お母様、泣かないでよ。組み分け帽子は私に選択肢も与えないままグリフィンドールと叫んだんだ。私が選んだ訳じゃないのに。
家族に逆らうなんてした事が無かった私の口はこんな時でも律儀に固まっている。ホグワーツに行く前までは暖かかった家庭が組み分けひとつで崩壊してしまったのを、私はまるで映画でも見ているような気持ちでぼんやりと眺めていた。





「どうだった、そっちは」

「最高の夏休みだったよ。お母様が泣き出すくらいね」

「そりゃ良かったじゃねえか」

「シリウスは?家族で仲良くパーティーでもした?」

「……まあな」


誰も居ない空き教室で2人、互いに視線を窓の外に向けたままぽつり、ぽつりと言葉を交わしていく。片や望んで血を裏切った者、片や望まずに血を裏切った者。お互い状況は違うが、裏切り者同士仲良くなるまでそう時間はかからなかった。
生徒は皆帰らなければならない夏季休暇は毎日が地獄のようで、軟禁状態の中勉強漬けだったと愚痴るとシリウスは「じゃあ今年は1位間違いなしだな」と笑った。少し馬鹿にしたような言い方にムカッとしたから一発彼の横腹を殴ってやる。


「私より貴方の方が優秀でしょう?嫌味?」

「そんなのやってみなきゃ分からねえだろうが」

「……やる前から分かってるわよ、貴方とジェームズには勝てないって事なんて」

「は?」


あ、怒らせちゃったかもしれない。ガンと机を蹴っ飛ばしたシリウスは私の頬を両手でつまんだ。


「あのなぁ、そういう後ろ向きに考えるのお前の悪い所だぞ」

「いひゃい、ひゃめ……馬鹿っ!!跡になったらどうするのよ!」

「はは、間抜け面。お前はそうやってずっと間抜け面してれば良いんだ」

「はぁ?それどういう…」


意味、と続けようとした言葉は喉の奥に戻ってしまった。奇しくも母にぶたれた所と同じ部分を親指でするするとなぞるシリウスの目が、とてもあたたかい物だったから。


「お前は難しく考え過ぎなんだよ。グリフィンドールが嫌か?今でもスリザリンが良かったと考えるか?」

「あ……当たり前じゃないの。スリザリンに入ってたら私は順風満帆だったわ」

「嘘つけ」


う、と言葉に詰まってしまう。確かに、性格故他人を踏み台にしてのし上がるよりは停滞を望む私がスリザリンでやっていけるかと聞かれたら…答えは否。
グリフィンドールの人達はうるさいくらい元気が良くて、ぐいぐい絡みに来るジェームズやシリウスを鬱陶しく思う時もあるけれど、あたたかくて優しい人達の集まりだ。こんな中途半端な私を受け入れ、何もできない、動けない私の手を引いて道を示してくれた。毛布にくるまったようなあたたかさを教えてくれたんだ。


「わ、私は……今でも帽子の選択を恨む時もあるわ。あの時スリザリンに入れてくれたら私の家庭は壊れなくて済んだ。でも……グリフィンドールの皆に、シリウスに会わせてくれた事は感謝してる」


そっとシリウスの頬に右手を添えると、彼の体温が手のひらを通して伝わってきた。他人の体温がこんなに安心するものだなんて知らなかったから。


「ずっと親に期待されて育ったわ。ブラック家の嫡男である貴方ほどじゃないかもしれないけれど、一人娘だもの。期待は人一倍だった。グリフィンドールに選ばれた時、足元が崩れ落ちるような感覚がしたわ。運命の分岐点を間違えてしまったと、何度泣いたか分からない。でも、貴方が居るから。一緒に背負ってくれる貴方が居るから私はまだ頑張れる…そんな気がするの」


まだ2年生も始まったばかりなのに家族からの支援は望めなくなってしまった。ホグワーツ在学中は教師の目があるから必要最低限の生活は保証されるが、それも卒業と同時に終わるだろう。上手く就職を見つけられなければお先真っ暗。それでも、同じ境遇を負ってなお不敵に笑うシリウスを見ると大丈夫な気がするんだ。そう言ってニコッと笑うと、シリウスは私の手首を掴んで自身の頬から離させ、そっとそれを降ろした。


「お前、それは卑怯だぞ……」

「何が?」

「分かってないで言ってるのか?嘘だろ…」


うう、と唸るシリウスに首を傾げる。はて、私は何をしてしまったのだろうか。よく分からないが、シリウスはたまにこうなるからあまり気にしない事にする。 はい、と私は右手を差し出した。


「なんだこれ」

「よろしくの握手」


そっと差し出された手を掴み、ぶんぶんと上下に2回振った。


「シリウス、これからもよろしくね」

「おう、よろしくしてやる」


窓から射し込むオレンジ色の光を浴びながら、シリウスはニヤリと不敵に笑った。その笑みを見た瞬間、私の小さな心臓はドクドクと騒ぎ出した。

ああ、狡いなぁ。

今度は私が顔を逸らす番だった。夕焼けのお陰で上手く隠れているだろうか。シリウスが笑うと何もできない私でも何かできるような気になってしまう。そういう魅力が彼の笑顔にはあった。


「もうすぐ夕飯の時間だろ?早く行かないとジェームズが全部食っちまう」

「わ、それは困る。早く行かないと」


教室の時計を見ると、長い針は11と12のちょうど真ん中にいた。まずい、日が長い事をすっかり忘れていた。早く大広間に行かないと夕飯が並べ終わってしまう。その前に席を確保しなければ。
慌てて扉を開き、教室を飛び出す。数歩走って振り返ると、唆した本人はゆっくりと教室の扉を閉めている所だった。


「シリウス遅い!置いてくわよ!」

「まあ焦んなって」

「ああ、もう!」

「そんなにお腹空いてるのかよ」


ぶは、と吹き出すシリウスに怒りが湧いたが、それはすぐ笑いに変換されてしまった。ああ、楽しい。家ではあんなにも辛かった毎日が、シリウスと居るだけで輝き出すんだ。これからも、ずっと。

シリウスを置いて廊下を駆け出す。「おい待てよ!」と聞こえたが無視だ。きっと彼は追いかけてくれる。あっという間に私を追い抜いて、そして不敵に笑うのだ。


私の一等星
(その笑顔は私を導く)

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