あの激動の50日を終えて日本に帰還した私は、心身共に疲れ果てていた。
「最近名前って変わったよね。前はもっと…明るかった」
「そう」
昼休みにわざわざ窓際の一番後ろまでやってきて「昔の方が良かった」と言う友人を一瞥し、淡々と流れる雲を眺める作業に戻る。…この空の先に、かつて私達が目指したエジプトが存在する。目を閉じて過去に思いを馳せる。エジプトへ向かって進む度に現れる刺客、繰り広げられた命のやりとり。何度敵に傷つけられ、仲間に助けられた事か。
「痛っ…」
敵に切られた傷がじくりと痛み顔を顰める。ああ、忌々しい。セーラー服に包まれた身体の下には大きな傷跡がいくつも残っている。私がもっと強ければ、もう少し傷を減らせたのだろうか。
「キャー!JOJOよ!」
「どうしてうちの教室に!?」
JOJO、と聞き慣れた名前に耳をぴくりと動かす。「おい、名前」とこれまた聞き慣れた低い声の主へとゆっくり視線を向けた。ザワザワと騒がしい教室の中、承太郎は私の机の側に立っていた。
「行くぞ」
どこに、とか私の予定も聞きなさいよ、とか叫ぶ気力も無かった私は、腕を掴まれ承太郎の後ろをのろのろと着いていった。
承太郎に連れてこられたのは学校の屋上だった。確か屋上は立ち入り禁止だったはずだ。そんな事はどうでも良いか、と申し訳程度に伸びる柵に背中を預けて寄りかかる。人間飛ぼうと思えばこんな柵乗り越えられるのだ。少しの衝撃で人は死ぬ。私達にはその力があるんだ。
ボッとライターを点火する音と、嗅ぎなれた煙草の匂い。隣で煙草を吸う承太郎の視線はグラウンドの方へと向けられていて、側に立つ惨めな女には向けられていなかった。
「…何の用」
「用は無い」
「じゃあなんで連れてきたのよ」
承太郎は答えなかった。昼練に励む運動部の声と、寒さを助長させる風の音だけが響く。そういや、日本に帰ってきてから承太郎と2人だけで話すのは初めてかもしれない。それに気づいた途端妙に緊張してしまい、この場から逃げ出したい衝動に駆られる。
「…戻る」
「待てよ、話は終わってないだろ」
「用は無いって言ったのはそっちでしょう」
「そうだが」
承太郎は戻ろうとした私の腕を掴み、ぐいっと引っ張った。激痛が走り「うっ」と呻き声を上げてしまう。「何するのよ!離して!」と非難するが、承太郎は離してくれない。更に引っ張られて承太郎の身体にダイブしてしまい、背中から抱きしめられるような形になってしまった。煙草の匂いが鼻を掠める。
「なぁ名前、いつまでそんな辛気臭い面してるつもりだ?」
「辛気臭い面なんてしてないわ」
「してるだろ。生きるのを諦めた顔だ」
「どうして私の事なんか気にするのよ」
承太郎の抱きしめる力が強くなった。肩に顔を埋められる。
「惚れた女の事気にしない訳が無いだろ」
「…ごめん」
「謝るな。お前がまだ忘れられない事くらい分かっている。だけど生きる事だけは諦めるな。あいつもそんな事望んじゃいねえよ」
「ごめっ…承、たろ」
涙がポロポロと溢れる。承太郎にみっともない姿を見せたくなくて歯を食いしばるが、涙は止まってくれなかった。
もうどうすれば良いのか分からない。嘆いたって彼は帰ってこないのは分かってるのに。この状況を見た彼はなんて言うだろうか。ねえ、もう一度私の名前を呼んでよ。お願いだから、貴方に会う為なら私なんだってするからさ。
「会いたいよ…典明…!!」
もちろん返事は無かった。
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