ピピピピ…とアラームの無機質な機械音によって素敵な夢の世界から非情な現実世界へと連れ戻された私は薄らと瞳を開け、やけに暗い室内に(あれ、アラームがとち狂ったのか?まだ日が登ってないじゃあないか)と考えた。二度寝しようと煩いアラームを止める為にベッドサイドに腕を伸ばし左右に動かす。

ふわっ

(ふわ…?)

なんだか柔らかいものに触れ、何だこれは、ふわふわするなと感触を確かめるように何度も触る。よく分からないがふわふわだ。そう、例えるなら人の髪の毛みたいな…

途端に意識が覚醒し、がばりと跳ね起きる。
布団が無くなった事によって現れたのは私の上司である人外だった。
部屋がやけに暗いのはこの人外が吸血鬼で太陽に当たった途端お陀仏だからで、何故か私の部屋のカーテンが遮光カーテンに変えられていたからだ。意味が分からない。
すぅすぅといつもより柔らかな表情で眠るDIO様の顔を眺め、寝ている間もイケメンはイケメンなんだな、と現実逃避じみた事を考える。

いや、だってさすがに上司と朝チュンは笑えねえよ。

幸い私は服を着ていたし、昨日はお酒を飲んだ訳でも無いから間違いが起こりはしなかったようだが、DIO様が半裸なせいでパッと見ただけでは致してしまったように見えるだろう。
やばい、こんな所ヴァニラに見られたら間違いなく彼は発狂する。

どうしよう、どうしよう、そもそもなんでてめぇ私のベッドで寝てるんだよふざけんな。私が寝た後にこっそり潜り込みやがって。どこに訴えれば良いんだ。SPW財団か?ちくしょう、ジョースター御一行今すぐ来てくれ頼む。お願いだ、何でもするから!

脳みそを黄金回転させてみたが全然理由が分からない。もう、このクソッタレな吸血鬼を起こす以外には。


「ん…ナマエ、起きたのか…」

「ヴァッ!!?」


妙に色っぽい声で名前を呼ばれ変な悲鳴をあげてしまった。自前の枕に頭を埋めたDIO様が、緩慢とした動作で私へと顔を向け、フッと優しく微笑んだ。そう、まるで愛しいものを見るような、そんな微笑み。
真っ暗闇の中爛々と彼の緋色の瞳だけが輝いていて、正直に言おう、思わず見惚れてしまった。

…どういう事だ。なんだその彼氏が彼女に向けるような甘々フェイスは。

そもそもこの上司と私の関係性を思い出せ。
昼だろうが夜だろうが私が寝ていようがこの上司は私を気まぐれに呼び出し、やれ今すぐスタンド使いを探してこいだの、やれ餌を連れてこいだのと命令する酷い奴だ。
「DIO様って私の事嫌いなんじゃあないの」と夜枕を濡らす事も多々あった。ストレスで眠れない日もあり、目の下には薄らクマができてる。こんなのパワハラだパワハラ。然るべき機関に訴えてやりたい。
まあ逃げ出せば肉の芽強制労働コースなので逃げ出さなかったが、それこそ私のベッドに潜り込んで共に一夜を明かすなんて仲じゃあ無かったはずだ。とすれば、この状況は…


「DIO様!大変です起きてください!スタンド攻撃を受けてます!」

「…なんだと?」

「DIO様が攻撃を受けていなければ私のベッドに潜り込むなんて有り得ませんもんね!さあ共にクソッタレなスタンド使いを倒しましょう!」


ガシッとDIO様の大きな掌で顔面を握られ、そのままボスッと勢いよく枕に叩きつけられた。

もがもがふごふごとくぐもって声にならない声をあげる。痛い、なんて酷い事を。


「少し黙れ。安心しろ、スタンド攻撃は受けてないからな」

「もがっもごご」

「ほら、寝ろ」


いつの間にかシーツに挟まれしっかり寝る体勢になっていた。ザ・ワールド使いやがったなこの野郎。

幼子を寝かしつけるようにトン、トン、と優しく叩かれ、段々心地良い夢の世界へと誘われていく。
己の単純さに呆れながらも、上司が寝ろって言うんだから寝てやろうと思えるくらいには図太い神経を持っている私は、穏やかな気持ちで眠りについた。





すぅ、すぅと呼吸音が聞え、男の前で堂々と寝るとは随分呑気な女じゃあないか、と思いながら、目の前の女の髪を掬い指先に絡ませて弄ぶ。
寝ている間は眉間の皺が緩み年相応の顔をしているのだな、と顔の形を確かめるように女の顔を親指の腹で撫でてやった。

(最近、眠れていなかったのだろう?)

目の下にできた黒いクマをツツと撫で上げ、ポン、と頭に手を乗せた。

自分の睡眠も管理できないとは、なんと愚かな。出来損ないのお前の代わりにこのDIOが睡眠を管理してやろう。

どうやってこの女の部屋を自室の近くまで移すか頭の中で計画を組みたてながら、DIOは薄らと微笑んだ。


Good morning my lord.

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