「ジョルノが朝パンイチで洗面台に立って髭剃ってるところが見たい」
真面目な顔でそう言われたら、一体どう返すのが正解なのだろうか。ミスタ辺りならユーモアを混じえたウマい正解を導き出せるのだろうが、残念ながらジョルノには"ウマい正解"を導き出すセンスは無かった。
一応僕貴女の上司なんですけど。恋人でもなんでもないんですけど。
困った果てにごく普通の返答を選択した。これがナマエじゃあ無かったら「馬鹿なんですか喰らえゴールド・エクスペリエンス レクイエム」と容赦なくぶん殴っていた所だったが、ジョルノがボスに就任してから組織を繋ぐ連絡係としてやってきた彼女は仕事面は非常に優秀であり、あまり無下に扱えない相手だった為殴るのはやめておいた。
仕事面は非常に優秀なのだ。
ただ、言動がものすごく残念だった。
知的好奇心の塊であったナマエは、気になる事はなんでも挑戦したがった。
雨の味を知りたがって雨水を缶に集めて飲んだり(腹を下して仕事に支障が出た)、真冬のナポリ湾の冷たさを知ろうと飛び込んだり(風邪をひいて仕事に支障が出た)。
(今度は僕のパンツと来ましたか…)
「ただの好奇心だよ。良いじゃん減るもんじゃあるまいし」と食い下がるナマエを見てジョルノは頭痛がした。
どうして有能な人間ってのは別の所に問題があるんだ。
眉間の皺を揉んで伸ばし、はぁ、とため息を吐く。
何故その考えに至ったのか全く分からないが、とにかく自分のパンイチ姿と朝の一風景を見せるだけなら腹も下さないし風邪もひかない。つまりナマエの仕事に支障が出ない。パッショーネが新体制に変り、色々と整える為にはナマエが末端と情報を繋いでくれないと困るのだ。仕方がない、腹をくくれ。
ジョルノは覚悟を決めた。
「僕の家にある物に勝手に触らない事、見て満足したら速やかに帰宅していつも通り仕事をこなす事、僕に迷惑をかけない事。この3つを守れるなら良いでしょう」
「グラッツェ!」
ニコッと笑ったナマエは勢いよくジョルノに抱き着き、その頬にキスを送った。
「やっぱ頬はツルツルなのよね…でもまつ毛は長いし…貴方身体どうなってるの?気になる…」
ナマエの目は完全に獲物を狙う目だった。身の危険を察知したジョルノは素早く事務所を飛び出し外回りへと向かった。そしてナマエの頼みを引き受けた事を後悔した。
*
「それで、なんで貴女が僕の家にいるんですか」
「だって朝ジョルノが私に朝の一風景を見せてくれるって言ったじゃあないの」
「だからって前日から待機する人がいますか!!」
貴女僕の事なんだと思ってるんですか。我らがボス。分かってるならもう少し上司に敬意を払いましょうよ…
ジョルノの斜め上を地で行くのがナマエだ。一応お礼としてプリン買ってきたんだけど。と箱を渡され、中を確認すると小さな容器に入ったプリンが4つ並んでいた。
「ジョルノプリン好きだったでしょ?」
「…しょうがないですね」
どうやって家に侵入したか突っ込む気力は残っていなかった。我が物顔でリビングのソファに寝そべりお笑い番組を見て爆笑しているナマエをスルーしてジョルノはシャワーを浴びに洗面所へ向かった。
「あっ、おかえり」
「……」
ジョルノは今日一日でものすごい疲労感に襲われていた。だからその原因であるナマエが自分のベッドを占領していようとも、タンクトップとショーツというとんでもない格好でいてもツッコむ気は起きなかった。二重の意味で。
「ほら、壁際寄って下さいよ」
「ジョルノのベッド大きいね!さすがボス!ふかふか具合を確かめる為にジャンプしちゃったよ」
「それで、ふかふか具合は確かめられましたか?」
「うん!」
「そうですか。おやすみなさい」
「おやすみー!……って、えええ信じられない!私の姿にムラッて来なかったの!?おい!!据え膳だぞ据え膳!!」
「うるさい…」
「おかしいなぁミスタの言ってた通りにしたのに…」
残念ながらジョルノは「おやすみなさい」のおやすみと言った時点でほとんど夢の世界に行っていたのでナマエの悲しい嘆きは聞こえていなかった。
*
「ほら、朝ですよ起きてください」とジョルノに揺すられパチリと目を覚ましたナマエは、目の前の絶景に気を失いそうになった。
わお、トランクス…!!
シャワーを浴びた後なのか、バスタオルで身体の水分を取り始めたジョルノの裸体はミケランジェロも裸足で逃げ出すレベルの芸術的なつくりだった。
程よく引き締まった身体が朝日を浴びてキラキラと輝いている。しなやかで女性的な体躯と男らしいトランクス。良い。ベリッシモ・良い。
ジョルノが無言で洗面所に向かったので後ろをヒナのようにひょこひょこ着いていく。
シェービング剤を付けたジョルノがカミソリを持って待機していた。男らしさ全開な姿にナマエはくらりとよろめいた。そうそうこれ、この姿を見たかったのよ。
一方ジョルノは悟りの境地に達していた。よろめくなナマエを横目に無心でカミソリを動かす。15歳、毛なんてそんなに生えないが身嗜みを整えるのは大事だ。
とにかく無心で動かし素早く顔を洗った。タオルで水気を拭き取り「これで満足しましたか」と半ば投げやりに尋ねる。
「すっごいジョルノかっこよかった!男らしさに惚れ惚れしちゃったわ!」
かっこよかったかっこよかったと繰り返して喜ぶ相手に何故かジョルノも嬉しく感じた。感覚が麻痺し、ナマエ・ワールドに飲み込まれているという事には気づかなかった。
*
好奇心が満たされて満足したのか、ナマエはきちんとした服に着替えて素早く帰っていった。朝食でも一緒にどうかと誘ったのだが、「約束は守るわ」と断られてしまったのだ。変な所で真面目な女だった。
それにしても、とジョルノは1人ナマエの眠っていたベッドに横たわって考える。たった一夜、一日も満たない短い時間だけだったのに、そこからはほのかにナマエの香りがした。
(僕とした事が他人がいるのにすぐ眠ってしまうなんて…)
眠る直前にワーキャーナマエが騒いでいたのは覚えているが、何と言っていたのかは思い出せない。まあどうせ生産性の無い話だろう、と切り捨てる。
それよりも、ジョルノが驚いたのはギャングとして人一倍他人の気配に敏感な自分が直ぐに眠れた事だった。
ナマエの香りをすん、と嗅ぐとまたうとうとしてきた。理由は分からないけど安心する。どうしてだろう、気になる。ジョルノはムクムクと膨れ上がる知的好奇心を感じながら、あと少しだけ眠ろうと瞳を閉じた。
*
「おはようございまーす!」と事務所の扉を元気よく開けて出勤してきたナマエに「おはようございます」と返す。
「あっおはようジョルノ!朝ぶり!」
ゲホッゲホッとコーヒーで噎せたミスタを無視し、ジョルノはズカズカと早足でナマエに近づき、そして抱きしめた。
「えっ、ジョルノどうしたの」という問いかけには答えず首筋に顔を埋めて匂いを嗅ぐ。ベッドで嗅いだものよりも強い香りがした。ラベンダーの香りだったのか、と1人納得する。
一頻りナマエの香りを楽しみ満足すると、心が満たされたような感覚がした。そうか、普段ナマエが味わっている感覚はこれだったのだ。
そっと手を緩めてナマエと向かい合うと、ナマエの顔は今にも茹で上がりそうなくらい真っ赤に染まっていた。
「その…ジョルノ、一体」
熱で目を潤ませるナマエを見てこの姿は初めて見たな、と思いながら、ジョルノは綺麗に微笑んだ。
「ただの好奇心ですよ」
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