「お金が無い!!お金が!!無い!!」

「うるさいぞナマエ」

「うっさいわ誰のせいだと思ってるんじゃボケェ!!」

「ほう…このDIOに歯向かう気か」

「今日こそ追い出してやるこの大食漢が!!」


残高が悲しい事になっている手帳を握りしめ、私は全ての元凶である吸血鬼に殴りかかった。が、彼のスタンドによって難なく躱されてしまう。
クソ、ザワは卑怯だろザワは!


どうして暖かかったはずの懐が急に寒くなってしまったのか。それは家に突如転がり込んできた身長195cmという巨体な吸血鬼のせいである。
かつてDIOに肉の芽を埋め込まれ、ジョースター御一行に立ち向かったが秒殺されて病院送りになった私は、以降故郷の田舎に帰って1人療養していた。幸い肉の芽は腹部の痣と引き換えに承太郎によって抜いてもらい、DIOへの忠誠心は綺麗さっぱり肉の芽と共に消えてしまっている。のだが、エジプトで承太郎にボコされたDIOはしぶとく生き残り、わざわざ私の家を調べてやって来たのだ。

何故私をチョイスしたのか。そこはテレンスやヴァニラじゃあ駄目だったのか。

当然お断りしたが、ザワで室内に不法侵入され、以降どんなに私が頑張ろうと決して家から出ないニートになってしまった。最悪だ。この時点で酷いがもっと酷いのは、働かない癖にこの元上司は大飯食らいなのだ。

おい吸血鬼、自分の食料(女)くらい自分で狩れ。
私のピッツァやパスタを奪うんじゃあ無い!

何度言ってもこの吸血鬼は血じゃあなくて人間の飯を大量に食べる。少なめに作ると一日中ぶちぶち文句を言ってそれはもう面倒臭いので作るしかない。彼は私を家政婦か何かと勘違いしてるんじゃあなかろうか。一応家主は私なんですけど。そう文句を言ったらフンと鼻で笑われて腹が立ったのでそれ以来敬語を使うのは止めた。


「お金が無いんだよお金が。DIOの持ってた館に財産残ってなかったの?家賃払え」

「SPW財団に差し押さえられた」

「Oh…」


だからってニートが許されると思うのか。腰に手を当てて怒りのポーズを取ってみるがDIOには痛くも痒くも無いらしい。


「怒ると血圧が上がるぞ」

「誰のせいだと!!」


このDIOのせいだとでも?と言われて身体の中で何か大事なものがプッツンするのを感じた。
もう怒った。これは本気で頭に来た。


「こんな所出てってやる!!私の家だけど!!」


怒りに身を任せ、着の身着のまま飛び出して田舎道を走る。日中だからDIOは私の事を追いかけられる訳も無く、すぐ息切れを起こした私は走るのをやめた。腹の傷に響く響く。あいたたた…





家に帰る訳にもいかず、かといって行くあてのない私の足は自然と近所の公園にたどり着いた。
誰もいない平日の公園に入り、ふぅと息を吐きながらベンチに腰を下ろす。空は雲ひとつない快晴で、太陽がギラギラと輝き存在を主張していた。


「DIOのばーか。アホ、マヌケ、吸血鬼ィ…」


ベンチで膝を抱えうじうじしていると、公園に遊びに来た親子が私を見てギョッとした表情をし、「あっちに行きましょう」と公園から出ていってしまった。
ちくしょう、不審者じゃあないぞ私は!
心にダメージを受け瞳が潤む。家は占領され公園では不審者扱い。今日は厄日だ。厄日に違いない。

膝を抱えたまましばらくじっとしていると、段々眠くなってきた。ぽかぽかな天気が悪い。財布は置いてきてしまい一文無しだから、まあ特に寝ても心配は無いだろう。頭がぽわんとして今にも夢の世界がこんにちは…


「おいナマエ、何を呑気に寝ているんだ?ン?」

「うわぁぁぁぁぁ!!!」


耳元で突然良い声が聞こえ慌てて飛び起きる。スタンドを出して戦闘態勢をとると、そこには。


「……なにやってるんですかDIO様」

「見てわからないのか?迎えに来てやったのだ」


黄色い日傘を差し毛布で全身を覆った、紫外線対策をした間抜けな姿のDIOがいた。あまりに間抜けな姿なもんだから驚いて思わず敬語が出てしまった。


「い、今なんと」

「だから、迎えに来てやったのだ。おい、どうしたその顔は」


あ、あのDIOが私を心配してくれるなんて…!!

感動と嬉しさでにやけそうになる顔を必死に取り繕うと、「公園で拾い食いでもしたのか。食い意地が張った奴だ」と呆れられた。食い意地が張ってるのはお前の方だろうが。


「へへ、DIO私がいなくて寂しかったんでしょ」

「フン、美味い料理にありつけなくなるのが困るだけだ」

「えっ美味しいって思っててくれたんだ!?」

「……チッ」


帰り道、2人で並んで歩いていると良いデレに会えた。そうか。私のご飯、DIOの口に合ったんだ。
人間というものは単純な生き物だから、私の気分は簡単に上がってしまった。全く、人を乗せるのが上手い吸血鬼だ。腕によりをかけて夕食を作ろうじゃあないか。食費?知らん知らん。家庭菜園でも始めれば良いのさ。


「おいナマエ、ちょっと手を出せ」

「ん?」


立ち止まったDIOに腕をクイと引っ張られ、私も釣られて立ち止まった。何をするのかとDIOを見上げると、彼はニヤリと笑った後私の腕にガブリと勢いよく噛み付いた。


「ッッ…!!」


肉が裂ける鋭い痛みに悶える事数秒。ジュッと私の血を啜ったDIOは、「ふむ、あまり美味くは無いな」と言い私の親指で自身の唇についた血を拭わせた。そのまま血のついた親指を私の唇にぐりぐりと擦り付け、満足そうに笑った。


「は……ん?」

「いらん迷惑をかけた罰だ」


手を離され、さっさと先に行ってしまったDIO。
なんだ、なんだったんだ今のは。

(か、関節…)

意味に気づいた途端ボッと顔に熱が集まった。


ああもう!また家に帰りづらくなってしまったじゃあないか!


そう思いながらも私は火照る顔を手で仰ぎ、今夜の献立を脳内で考えながらのろのろとDIOの背中を追いかけるのだった。


単純な生き物
(なんだかんだで絆されてしまうの)

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