リクエスト作品

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「僕さァ、最近気になる子がいるんだよね」

「へえ」


パチパチと音を立てて燃え盛る炎を眺めていると、ジョニィが急に話しかけてきた。とっくに夜は更けて星が空で瞬いている時間帯、ジャイロ、ジョニィ、私の順で交代しながら見張りをするという約束をしたはずなのに、何故かジョニィは私が起きたにも関わらずまだ番をするつもりなのか隣で火の番を続けている。


「明日移動しながら聞いてあげるからさ、とりあえず寝なよ。あ、もう今日か」

「嫌だよ、ジャイロそういう話すると怒るじゃん」

「だ……まあ、ね確かにそうだけどさァ」


だからって私にする話でも無いと思うんだけどな。一応女だけどさ、こんな過酷なレースに参加してる時点でそこら辺の可愛らしい女の子とは違う訳よ。出かかった言葉は寸前で飲み込む。心にズシンと錘が乗ったような気分になったが自虐的な話は空気が悪くなるからやめた。
ジョニィはそれ以上話を続ける気配を見せず、私も「それで?」と続きを促すような事はしない。そういう色恋沙汰とは無縁の生活を送ってきた私が所謂恋愛アドバイザーになれるとは微塵も思えなかったし、ジョニィも思ってないだろう。それはそれで腹立つけど。


する事もなく暇だからと空を仰いで星を眺める。残念ながらあまり天文学に詳しくないせいか、点と点を繋ぐ方法も素敵な神話も分からなかった。


「星好きなの?」

「いや、別にそういうのじゃあないんだけどさ。あ、新しい星座思いついちゃった」

「ふーん、何?」

「V座」


人差し指で光の点を3つ繋げてV字を作る。こいつ頭大丈夫かみたいな目でジョニィがこちらを見ているが気にしない気にしない。


「まあ良いんじゃあないか、ナマエらしくて」

「えっ何それ、褒められてるの貶されてるの」

「褒めてる褒めてる、ナマエには星座を作る才能あるよ」

「煽りにしか聞こえないんだけど…」

「それでその子なんだけどね」

「えっ、話戻るんだ、戻すんだ」

「当たり前じゃん」


急に話が方向転換して驚いた。結局続くんかい、と心の中でツッコミを入れる。いやいや、私なんかが力に慣れるわけないじゃあないか。色恋沙汰を全てほっぽり出して愛馬一筋でここまで来てしまった私と黄金時代引く手数多だったらしいジョニィ。むしろジョニィが恋愛アドバイザーになるべきだよ。そこまで考えて思い出した。ジョニィ、調子乗ったのが原因で下半身不随になっちゃったんだっけ。言い方に悪意がこもってるのは気の所為じゃない。自業自得だし。ただ、まあ、まともな恋を始めたいというのなら少しだけ力になってあげようかな、なんて思ってしまった私は甘いのだろうか。


「ジョニィはその子の事が好きなの?」

「えっ!?どうだろう…す、好き……なの、かな」

「分からないけど気になるんだ」

「まあそんな感じ」

「いつ出会ったの?」

「つい最近」

「えっ、最近!?」

「うん。レースの途中で」


はて、と首を傾げる。レースの途中、私達は可愛らしい女の子に会っただろうか。あたりをキョロキョロ見回してみてもだだっ広い砂漠が地平線の向こうまで続いていているだけで、とてもじゃあないが可愛らしい女の子に出会える環境ではない。当たり前だ。


「ジョニィそれ幻覚じゃあないの?もしくは熱で頭やられて見た蜃気楼とか」

「は?バカ言わないでよ。ちゃんと生きてるし」

「う、ごめん」


心の底から何言ってんだこいつと思ったのだろう、「相談相手間違えたか…」とため息と共に吐き出された大きい独り言が私の心を刺す。不明瞭でハッキリ物を言わないジョニィに原因があるんじゃあないだろうか。私から切り込まないと駄目なのか、これは。


「ジョニィ、その子の特徴教えてくれる?」

「…なんで?」

「ほら、私も知ってた方が色々助けられるじゃん」

「ふーん…ま、それもそうか。レース参加者、そこそこ可愛い、バカ」

「…………………それだけ?」

「そうだけど」


何か問題でも?みたいな顔でこっちを見るな。全然情報が足りないじゃあないか。というかレース参加者で私以外に女の子いたんだ。見なかったけど。私が血眼になって探しても見つけられなかったのに……

逆に考えるんだ。女の子じゃなくても良いさ、と。

突然脳裏に知らない男の声が響く。は、そうか。女の子とは限らないじゃあないか。私はバッと勢いよくジョニィを見た。曖昧なヒントしかくれなかったのは、言い過ぎて私にバレるのが嫌だったから。数少ないヒントからこの結論を導き出せるなんて、こりゃ探偵に向いてるのではないだろうか。
顎に手を当て足を組み直し、探偵っぽくポーズを撮る。
そこそこ可愛いバカな男……私の知ってる中では1人しかいない。


「ジャイロが好きなのか…」

「ハァ!?なんで!?なんでそうなるの!?」

「大丈夫大丈夫、私別に熱心なクリスチャンじゃないからそういうの平気だよ」

「いや待ってよ誤解だ、それは誤解だ。というかなんでジャイロを選択するんだよそこで」

「そこそこ可愛いバカな男って私の中で知ってる限りジャイロしかいないじゃん。それとも何?まさかディエゴがそこそこ可愛いバカな男に見えるの?」

「なんでディエゴ!?もう嫌だナマエと話すの……」

「話振ったのはジョニィでしょうが」


ハァァ、と長い溜息を吐いたジョニィはありえない、と頭を振った。とそこで何かに気づいたのかハッと目を見開き、グルンと勢いよくこちらを見て私の腕をガシッと力強く掴んだ。


「ちょ、痛いって」

「まさかナマエ、ジャイロの事可愛い男って思ってるの!?好きなの!?」

「えっ、なんでそうなった」


今度は私が目を見開く番だった。どうして可愛い=好きに直結するのよ。今日のジョニィは大分おかしい。多分疲労か何かで頭をやられてしまったんだ、可哀想に。
だがさすがにこの流れはめんどくさい。可愛らしい女の子達の内緒の恋愛話じゃああるまいし、答えを出す気がないなら最初から恋愛相談なんて始めなければ良いじゃあないか。私はハッキリしない事が大嫌いなんだ。だからついうっかりジョニィの両頬を摘んで思いっきり引っ張ってしまった。私は悪くない。


「いひゃ、なにひゅ」

「元はと言えばジョニィが好きな子の正体を明かさないのが悪いんじゃあないの!!男ならハッキリ言いなさいよ!!言いたくないならさっさと寝な!!」


おでことおでこがぶつかりそうなほどまで顔を近づけ叫ぶ。彼の綺麗なエメラルドグリーンの瞳が微かに揺れた。どうだ。私が怒ってる事に気づいたか。フン、と鼻を鳴らしてジョニィから顔を遠ざけようとする。が、しかしそれは彼の手が私の後頭部を押さえ込んだ為叶わなかった。


「へ?」


ジョニィ、何をと聞く前に彼の顔が迫ってきた。あまりに真剣な表情なもんだから急に気恥ずかしくなり思わず目をギュッと瞑ってしまう。
ふに、と私の唇に少しカサついたジョニィの唇が触れた。といっても唇と唇が微かに触れた程度で、時間だって1秒も満たない。それなのに私の顔は血液が沸騰してしまったんじゃあないかと思うくらい熱くなっていた。
急なキス、しかもファースト。目は涙が膜を張っていて、手は情けなく震えながらジョニィの服の裾を握りしめている。なんだこれは。一体何が起こった。


「はは、顔真っ赤じゃん。初めて?」

「あ、当たり前じゃあないの…」

「キスしてみて気づいたんだけど、僕やっぱりナマエの事好きみたい」

「……へ?私?」

「明るくてそこそこ可愛いけど、星見てV座なんて作っちゃうバカな女なんてナマエしかいないだろ」


そもそもレース中に出会った可愛い女の子なんてナマエしかいないよ。そう呟いたジョニィは真っ赤な顔を隠すように私の胸元に顔をうずめた。彼の服の裾を摘んでいた手は彼によってやんわり外され、そのまま背中に回された。そして彼もまた自身の手を私の背に回す。

ハ、ハグしてる……

ドクン、ドクンと心臓が狂ったように動いていて、ジョニィは「はは、ナマエ緊張してるの?」と笑った。


「す、するに決まってるでしょ!男の人に好きって言われたの初めてだし、キ、キスも初めて、だし…」

「僕はまさかナマエがそんなウブな反応してくれるなんて思ってなかったよ」

「悪かったわねウブで!!!」


ジョニィの背中をドンドンと叩くと、彼は私の胸に顔をうずめたままクスクス笑った。ジョニィの吐く息が胸を温めて妙な気持ちだ。だけど不思議と嫌じゃない。


「変ね。私男の人と抱き合うのなんて初めてなのに、不思議と嫌じゃあないわ」


むしろこそばゆいというか、心が暖まるというか……これは一体なんなんだろう。心臓が口から飛び出してしまうのではないかと心配になるくらいドクンドクンと私の身体の中を暴れ回っている。でもジョニィから離れたいとは思わない。不思議だ、自分で自分が分からなくなりそう。


「ジョニィ…?」


返事が無いから心配になって名前を呼んでみたが、ジョニィは私を抱きしめたまま動く気配を見せない。仕方がないから空を仰ぐ。先程私が名付けたV座は一体どの星を繋いだものだったか。


「ナマエ、それはズルいよ……」

「はぁ??」


せっかくV座を探していたのにいきなりズルいと言われ意味が分からない。どこがズルいのよ、何もズルしてないわよ。
ゆっくりと私から離れたジョニィは、どこか熱を帯びた視線を私に向け、優しく微笑んだ。お陰で抗議しようと開いた口は閉じ、不満は空気の抜けた風船のようにしゅるしゅると萎んでしまった。


「ね、僕とハグして嫌じゃあなかった理由、知りたい?」

「まあ…気になるけど」

「というかキスは?嫌じゃなかった?」

「は、な、何を」

「答えてよ」


ジョニィの視線を受けるのが恥ずかしくなり俯いてしまう。キスが嫌じゃなかったか、だって?
……本音を言うと別に嫌じゃなかった。初めてなのに。愛馬一筋で生きてきたこの私がまさか男の人のキスを嫌と思わないなんて想像できなかった。


「嫌じゃ、無かったんだけど……ねぇジョニィ、私はしたない女の子なのかもしれない」


じわ、と涙が滲む。キスに対する抵抗が無いなんてはしたない。女の子は皆初めてを大切にしているのに。女子力すら馬小屋に置いてきてしまったのだろうか、私は。


「やっぱりナマエってバカだよね」

「……ジョニィもそう思う?」

「いや、そうじゃなくてさ。仮にディエゴからキスされたらどう思う?」

「嫌、絶対嫌。お嫁に行けない」

「だろ?でも僕は嫌じゃなかった。なんでだと思う?」


なんでだろう、と首を傾げて考えてみる。ディエゴ、まあ顔は悪くない。だが私は彼をよく知らない。それに好きじゃあない。そんな彼に急にキスされたら失神してしまうだろう。
じゃあジョニィは?2nd.STAGEの途中で助けられて以来ずっと行動を共にしていた。口は悪いが優しい奴だ。夜更けまで話を聞いてあげたいと思ったのもジョニィだからで、抱きしめられると心が暖かくなった。
……キスされたのも、嫌じゃあなかった。


「そうか、私ジョニィの事好きなんだ」


ポロッと零れた言葉はしっかりジョニィの耳が拾ったらしい。がばりと再び力強く抱きしめられ、耳元で「僕も、ナマエの事好きだよ」と囁かれた。
耳からじんわり身体が暖まる感覚も嫌じゃあないな。

「………」

「………」

そのまましばらく無言で抱きしめあう。
パチパチと木が燃える音はいつの間にか消え、地平線の先には太陽がちょこっと頭を覗かせていた。どうやらジョニィの恋話に付き合ってるうちに夜明けを迎えてしまったらしい。


「いやぁ、こういうの恥ずかしいね、全然気づいてなかった。今でも現実味が無いよ…」


先に口を開いたのは私だった。目を瞑りジョニィの首に頭を擦り付ける。彼のふわふわとした髪が頬に当たって心地好い。


「僕だって、ナマエにキスしなきゃ確信持てなかったさ」

「そこでキスしようと考えるあたりプレイボーイだよね」

「もう1回してあげようか?」

「ええ!?」


驚いて顔を上げてしまった私を、ジョニィは大きい両手で私の頬をしっかりと正面に固定してしまった。


「そうしたらきっとナマエも確信が持てるんじゃない?」


悪戯っ子のように笑うジョニィを見て、「しょうがないな」と思ってしまった私は大分重症みたいだ。もうすぐ起きるジャイロにはなんて伝えよう、とか恋人ってどうすればいいんだろう、なんて考えるのは後ででも良いだろう。そう思った私は静かに目を閉じるのだった。



今夜ふたりで内緒ごと

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