下ネタ注意

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「そりゃあ、カラダ目的だろうな」


なんて事ない、明日の天気を答えるような声で言ったミスタの言葉がグサッと私の胸を貫いた。途端に目から大量の涙がブワッと溢れ出す。


「おい、おい泣くなよナマエ!俺が泣かせたみたいじゃあねェか!!」

「ミズダのせいだもん…」


強引に涙を拭いなんとか溢れる涙を引っ込めようと上を向くが、堰を切ったように溢れ出す涙は止まる事を知らないみたいだ。照明の光が目を焦がして痛い。あまりにも明るい光に目が暗み、一瞬だけ世界が真っ白に染った。その瞬間今日の出来事がフラッシュバックする。


……時間は大切にしてきたつもりだった。

出会いは小説みたいなロマンスに憧れを持つ自分にとって良いとは言えないものだったが(誰が仕事の目撃者に恋をすると思うだろうか)、何度かのデートを重ね今日正式にお付き合いを申し込まれた。当然返事は『はい』一択。気分は一気に絶好調。ところが、その後とんでもない爆弾が落とされた。


『じゃあホテル行きたいんだけど』


千年の恋も冷めるとはこの事だろうか。はい?と聞き返してしまった私は悪くない。『その、今アレだから無理…』と動揺のあまり酷い返事をしてしまった自分が情けなくてまた涙が零れる。当然気持ちの萎えた自分が無理矢理お開きにした事でその出来事はうやむやになって終わったが、モヤモヤした気分を抱えた私は彼と別れてすぐに話を聞いてくれそうな仕事仲間のミスタに連絡した。『おー良いぜー』とひとつ返事で了承してくれたミスタと合流し、近くにあった酒場に入ってワイン片手に今日の出来事を語り『これってどう思う?』と訪ねた結果冒頭に至る。


「泣かないでくれよ、なぁ」と慌てるミスタに「止めようと頑張ってるもん」としゃっくり混じりに返答する。悲しいかな、今まで恋とは無縁だった私は今時ティーンズも鼻で笑うくらい純粋で綺麗なお付き合いをしたかったのだ。互いを思いやり、一歩ずつ距離を縮め、いずれは…そんな夢を一瞬にしてぶち壊されてしまった。これを嘆かずにいられようか。


「すぐにヤりたいとかテメーのオナニーじゃあないか馬鹿馬鹿馬鹿最低クソ童貞!!他の女で卒業して現実を知ってから出直せ!!」

「そりゃヒデェ野郎だ。ナマエの気持ちをこれっぽっちも考えてねェーんだもんなァ」

「そうよ!!アイツが求めてたのは『恋人』って肩書きだけなのよ…ああ最悪…頭痛くなってきた」

「で?もう別れようって伝えたのか?」

「…………」

「おい」


スッと顔を逸らすとミスタはドンッとグラスをテーブルに叩きつけ、「なんで別れねェんだよ!!?」と叫んだ。ミスタの声を聞いた他の客がなんだなんだとこっちを見ている。あまり大声を出さないで欲しい。


「だって、なんか…付き合ってすぐ別れるのも可哀想じゃあない…」

「ナマエは優しいなァだけどその優しさはお前の首を絞めるだけだ捨てちまえ!!」

「無理…理由が思いつかない…」

「そんなモン適当で良いんだよ適当で!!」


ハァ、と前髪を両手で掻き上げ項垂れる。なんでこうなっちゃったんだろう。つくづく自分は男運が無い。前の男はギャングという立場に酔っていて見るに絶えなかったし、何より頭が悪かった。今度こそ頑張ろうと思った矢先にこれだ。心折れるに決まっている。


「私やっぱミスタみたいな奴と馬鹿やってる方が性に合ってるのかもしれない…ずっとフリーで良いやもうどうせ長生きできる職業じゃあ無いし…清いまま死のう…」

「ブッッ」


吹き出す音が聞こえ顔を上げると、ミスタが頬に空気を貯め、口角が不自然に上がった状態で制止していた。なによその顔は、と眉をひそめる。するとミスタはブフフフと一気に空気を吐き出し、テーブルを掌でバンバン叩きながらギャハハハと爆笑した。


「ナマエお前処女かよォ!!!本当に夢見る乙女じゃあねェか傑作だ!!!ギャハハハハハ!!!!」

「うっ、うるさいわ馬鹿大声で叫ぶなオイお前らもこっち見んな見世物じゃあねェぞ!!!!」

「あー無理だ面白過ぎるぜナマエ。ジョルノに後で報告しとくわ」

「しなくていいわボケ!!」


私の椅子の足をガンガン蹴りながら腹を抱えてひっくり返るミスタにふつふつと怒りが湧いてくる。そりゃあ、ミスタにとっては退屈でつまらないお悩み相談をして貰っている私が怒るのもどうかと思うが、だからってこんな酒場で処女暴露しなくったって良いじゃあないか。
ちくしょう、こんな夢見がちな恋愛観をしている私が悪いのか。清く正しく誠実にお付き合いをしてくれる男性なんてはるか昔に絶滅してしまったんだ。

ミスタがふぅーっと息を吐く音が聞こえた。やーっと笑い終わったかこの野郎。さて、そろそろお開きにするかとテーブルの伝票を取ろうとすると、「よし、じゃあそいつと別れて俺と付き合おう」とミスタが言った。


「……は?」


伝票を取ろうとした手が宙を舞う。
何言ってんのこいつ、冗談はやめてよ。
眉間にシワを寄せて伝票から声の主に視線を向けると、ミスタはニカッと笑った。


「俺はちゃーんと清く正しく誠実に付き合える男だぜ?イタリア中探したってこんな優良物件ねェ!どうだ!」

「いやどうだって言われても、私の事好きなの?それ本気で言ってる?」

「おう」

「いつから?」

「2回目に飲みに行った時、いや、3回目だったかなァ」

「何よ、それ。何ヶ月前の話よ…」

「1年前くらいだろ」

「馬鹿じゃあ、ないの」


なんでずっと黙ってたのよ。また瞳から涙が溢れる。今の私はきっと目は真っ赤でメイクは崩れて、それはそれは酷い顔をしているはずだ。


「馬鹿、馬鹿ミスタ。ムードってやつを考えろよ…!」

「いやァ中々タイミングが掴めなくてよォ。今が良い機会だと思って」


伝票を掴めず行き場を無くした手を両手で包んだミスタは、指先にひとつキスを落とした。そういう行為に慣れていない私は口をパクパクと開閉させる。い、今、なにを。


「ずっと、好きだって言いたかった」

「ッ…!!」

「ちゃんとナマエのペースに合わせるって約束する。あっ、でも嫌な事は嫌だって言ってくれないと俺分かんねェからきちんと言えよ?」

「…うん」

「絶対幸せにするなんて言い切れないのは仕事柄仕方ねェけど、俺は全力でお前を幸せにしてみせるから」

「うん…!」

「ナマエ、俺と付き合って下さい」

「うん、私で良ければ…!」


ワァァァ!!と酒場が歓声に包まれ、あちこちでヒュウヒュウと口笛が鳴った。「やったなミスタ!」「嬢ちゃんお幸せにな!」とヤジが飛ぶ。「うるせーな!黙って酒飲んでろ!!」とミスタが真っ赤な顔で怒鳴るが誰も聞いてはくれない。その光景が面白くてフフッと笑うと、ミスタは「お、やっと笑ってくれたな」と言って私の涙を指先で拭ってくれた。




その後、酒場を出てすぐに電話口で彼に別れを告げ、連絡帳から名前を消した。ふぅ、終わったと息を吐いて隣を見ると、ミスタとバチッと目が合った。するとすぐにミスタは「あー」とか「えー」と言いながら視線をさ迷わせた。


「どうしたの?」

「その、手、繋いでも良いか?」

「あー、うん。頑張る」

「グラッツェ!」


ギュッと手を絡め取られ、途端に心臓がバクバク騒ぎ出す。顔に熱という熱が集まり火傷してしまいそうだ。自分がここまで初心だとは思わなかった。空いている手で顔を覆う。


「どうした?」

「自分があまりにも恋愛経験無くて情けなくなってる」

「別に良いじゃあないか、初心で。ゆっくり行こうぜ」


ゆっくり行こうぜ、なんて初めて言われた。
目をパチパチを瞬かせながらミスタの顔をじっと見ると、ミスタは「そんなに見つめるなよ」と顔を背けた。
ああ、ちゃんと私の事を思ってくれているんだ。心がじんわり暖かくなり、頬がふにゃりと緩んだ。好きだ、と思った。


「あのね、ミスタ。私ミスタの事好きだよ。だから、ちゃんと見ててね」


頑張って進むから。そう言って顔を上げると、ミスタはニィッと笑った。


「おう、待ってる」


いくつになっても夢見がち

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