野太い掛け声が上がる。それに掻き消される黄色い声援も、夕照が彼等を照らして目眩く。瞬いている。
 あそこに居る彼等は、青春だと思う。何かに熱中して打ち込んで一生懸命になる姿も、そんな彼等に見蕩れ帰宅が遅くなるのも厭わず応援に励む彼女等も、暖かく優しい少女漫画にお誂え向きの青春だ。フェンスに乗せた腕が痺れを訴え始めたのを機にそれらから眼を逸らすように躰を反転させフェンスに背中を預ける。かしゃりと軽い音を立てて私の全体重を支えるフェンスから布地越しに金属特有の冷たさが伝わり思わず身震いした。吹き抜ける風が私のスカートを捲り上げるのをぼうと見やる。
 屋上から眺める彼等は、米粒のような大きさでそれでも御幸先輩が何処にいるかなんて直ぐに判別出来た。彼は、目立つ。彼の周りが輝いているように見える。それは私が彼に恋をしている欲目でもあるからだろうけど彼の持つ華やかさはきっと、それだけでは無い。
「……帰ろ」
 置きっ放しにしていたスクールバッグを持ち上げ肩に掛ける。ドアノブに手を掛け軋んだ扉を閉めると煩いくらいに吠えていた声がそれだけで霧散した。
──一緒に帰る約束なんて、当然の如くしていない。

 それなのに何故彼は私の眼前に居るのか。
「仮にもコイビト同士なのに置いて勝手に先帰っちゃうなんて酷くねえ?」
「せんぱ、い」
 んー?と間延びした声に、なんで此処に居るんですかと続く筈だった言葉を飲み込んで先輩の格好を頭の天辺から爪先まで滑るように眺めた。黒のアンダーシャツに白いユニフォームが眩いくらいに栄える。スポーツサングラスを掛けた奥にある眼差しは笑みを浮かべていて酷いといいつつ私が先輩を置いて帰ろうとしていたことはあまり気にしていないように思われた。
「……練習中、じゃないんですか?」
「そ、まだ練習中。 だからもうちょい待っててくんね? 今みたいに先帰るとか無しな」
 上で見てたみてーに、こっちで近くに寄って見ればいいじゃんと続いた先輩の言葉にぎくりと動きが止まる。見瞠いた眼とひくついた口許に「もしかして当たっちゃった」と楽しげに口端を歪ませたのを見て鎌を掛けられたと悟った。
「鎌掛けましたね」
「いや流石にコンタクト付けててもこの距離からじゃ、あそこ居んのお前だって分かんねえよ。 でもいつもふとした瞬間、視線感じるから何処からだろって気になってた」
 フェンス越しに騒ぐ女共からの視線にしちゃそこまで熱狂的じゃねえから。
 そう紡ぎつつ背後にちらりと眼をやる御幸先輩の視線を追うと数人固まった女の子達が此方を睥睨している。正確には、私だけ。
 な?と笑う先輩にそうですねと肩を竦め憔悴したように言った。
「一応オツキアイしてる関係だから最寄り駅まで送るわ。 練習終わるまで適当に待ってて」
 それだけ言うと翻し走ってグラウンドに戻り行く先輩の姿をぼうと眺めスポーツドリンクでも買って差し入れした方が良いのかなと思案しながら自販機へ足を向けた。

 悪ぃ待たせたと駆け足に寄ってくる先輩に首を横に振る。大丈夫、わざわざ送っていただけるのだからこれくらいどうってことない。寧ろ練習で疲れているのに此方が悪いくらいだ。
「先輩、もし良かったらこれ」
 そう差し出したスポーツドリンクのペットボトルにおー悪いなと受け取る彼はコンタクトを外したのかいつもの黒縁眼鏡に戻っていた。早速キャップを開け一気飲みする様をじっと見やる。嚥下する度上下に動く咽喉仏。そこから下へ繋がる浮き出た鎖骨。そこまで見留めて慌てて視線を背向けた。何処をガン見してるんだ私は、変態か。
「ん、どした?」
「何でもありません」
 ふいと前に続く道に眼を戻すが御幸先輩は目聡く気付いたらしい。ははーんとわざとらしく親指を顎に当て人差し指を立てて「さては俺に見蕩れてた?」と自信満々といった声音でにやりと双眸を光らせ言った。
「……」
 言葉を紡げず無言になる。ここで素直にはいと言ったらそれで済む話だし先輩にも素直で可愛らしい後輩というレッテルがもしかしたら貼られるかもしれない。
 それでも、図星な上ポーズが意外と様になっているのが憎らしくて即答はしなかった。それに素直で可愛らしいなんて私に似付かわしくない。
「お前、無言は肯定云々って知ってる?」
「……知ってます」
 さっさと歩き出した私だが先輩はものの数歩で追い付いてしまう。体格差だよなと20cm程上にある相貌を見上げると細めた眼睛がどうしたと見下ろしていて、いえと素気無く返答してしまったが格別気にした様子も無かったので胸を撫で下ろす。
 思い掛けない近しい距離感にどきりとしたなんて言ったら笑うだろうか。

'14.09.25

アフターグロウに映える残痕

AiNS