それでも、私の眼は貴方だけを見つめている。

***

 晒された首筋から肩にかけての曲線がとても美しいと思った。当時、高校生三年生のまま止まった記憶の片隅に残っていた印象とまるで違う。思った以上にその肩は男の大人を極めていた。プロに進んでからも相当なトレーニングをしたのだとそれだけで窺える。以前より鋭くなったスポーツサングラス越し、双眸の眼晴が分厚い口唇の端が挑発な笑みを湛え此方を見詰め射抜いていた。輪郭を流れる雫がこの男の色気を増大しているとぼんやり考えてキャアキャア甲高い声を発する少女達に意識を戻される。
「やっぱかっこいーよね!」
「この前の試合、すごかった〜! ピンチに強いって言われてたけどあそこでほんとに逆転しちゃうなんて!」
 このポスターやばくない?と言いながら写真を撮りだす高校生らしい少女達を見過いで改札口奥のポスターに眼をやる。
 眦の線が幾許か鋭利になっただとか肩の厚みが数年前より増えただとか、過去と間違い探しをして、止めた。違いを見つけるだけ見つけただけ空白の時間を浮き彫りにしているようだと思って、実際そうだ。
 もう何年も会っていない。
 あんなに近くに居た御幸は、メディアに取り上げられる程の有名人になってしまった。

 *

『御幸選手、深夜の合コンでお持ち帰り!?』
『お相手は人気急上昇中のアイドルか?』
 ゴシック体で踊るその見出しに阿呆らしと呟いて手に取っていた週刊誌を元の位置へと戻す。代わりにと手に取ったファッション雑誌と惣菜、お握りをレジへ置いた。会計をして自動ドアを潜ると先に買い物を終えていたらしい友人を片腕をひらりと振る。それに小走りで駆け寄ると開口一番に「残念だったね」と言われた。
「なにが?」
「御幸選手」
 間髪入れずに返された言葉に無言。「今回はアイドル、前回は女子アナ。 その前は誰だっけ……女優?」と指折り数える友人の声に苦笑で返した。
「週刊誌の戯れ言なんて、ね」
「でも今回はガチっぽくない? 今まで深夜デートとかハグだったでしょ?」
「熱愛報道じゃないから気にしてないや」
 そう笑って言うとそんなもんかなと疑問系で問われたが、良い。そんなもんだよ。
「まあでも随分派手に遊んでるよね」
「……そうだね」
「あんただけだよ、こんなに報道されて御幸のファン辞める〜! って言い出さないの」
「フライデーに抜かれたくらいでファン辞めるなんて本物のファンじゃないよ」
 流石言うこと違うねと感心しているような声音で言う友人に曖昧な笑みを返して「じゃあまた仕事終わりに」と反対方向に進んで行く。
 そんなんじゃない。御幸は、誰かれ構わず遊ぶような人じゃない。それは私が、物心付いたときから過ごしてきた私が、一番知っている。御幸は野球の妨げになるような女は徹底的に排除するきらいがあるから。成長するにつれ反感を買わないあしらい方を覚えてから頬に紅葉マークやら罵声を浴びることは無くなったようだが、それでも一定の線引きはしていた。手作りの菓子や高価な物は受け取らない、受け取る差し入れは未開封のスポーツドリンクや新品のタオル、包装されたままの箱菓子。それも御幸個人では無くあくまで部活動代表として。練習の邪魔になるような声援には答えない。
 野球に集中していたいし、彼女に割ける時間が無く申し訳無いからと幾つもの告白をそう言って断り続けていた御幸が、お持ち帰りやデートだなんて有り得ない。大方、先輩に無理矢理連れて来られた合コンで酔っ払った振りをし撓垂れ掛ってきた女をこれ幸いと介抱を口実に抜け出したのだろう。多分、女は何処か適当な部屋に置いて捨ててきた。それくらいする男だ、彼奴は。
 深夜デートもそのような類、ハグは相手から一方的に。そんなものだと思う。
 信じていたい。昔と変わらないままの彼であれば造作もないと言ってやってのけるから。
(……でももし)
 彼が変わっていたらなんて一瞬過ぎった考えに首を振る。こんな疑い、御幸にメールを送れば直ぐに解決することだ。"週刊誌載ってたよ(笑)マジでお持ち帰りしたの??"数年前と同じようなテンションでそう送れば解決すること。
 しかしそれは、今更送るには不自然だ。何年か連絡を取っていないのにいきなりこんなメールを送り付けられても迷惑極まりないだろう。そもそもメールアドレス自体変わっている可能性だってある。
 そろそろ休憩時間が終わってしまう時間帯だと思い直してメール画面を閉じて息を吐く。何度も送ろうとした、未送信のまま溜まっていく数字には見ない振りをして。

一夜の雪を

AiNS