私は彼の代わりでしかない。
 執着を示さない彼が唯一執着を示す彼の、だ。

 私は八田美咲に似ているらしい。真っ赤な髪は肩に触れる程度で切り揃えられたショートボブ。白いニットを被っているのは私の趣味。ボーイッシュな服装も私の趣味。そんな私を見て「八田美咲を女にさせたらお前」と喩える人間は多い。八田美咲とは少し面識があった程度で本当の彼を知っている訳ではないが私と彼は正反対だと思う。彼は驚く程真っ直ぐで、私は――。

「何、考えてんの」
 口調から滲み出る不機嫌さを隠そうとせずに問い掛けられたその言葉に意識が戻る。顔を上げると無表情を貫いた伏見が見下ろしていた。しかしその無表情にどこか翳りが見えるのは私が彼をよく見ているから以外他ない。一方通行な想いに、伏見に気付かれないよう苦笑した。
「何でもない」
「集中しろよ」
 うん、と返事をすると鎖骨に口唇を寄せられ吸い付けられる。痕が、そう呟くと別に良いだろと返された。
「……うん」
 伏見の顔が鎖骨から胸へと移動し私の意識を揺蕩らせる。口から零れるあえかな声を自分の右手を引き寄せて隠す振りをし、先程付けられた痕をこっそり辿った。止めて欲しい、と思う。こんな自分の所有物だとでも言うような印を付けるのは。勘違いして、期待してしまいそうになるから。
 伏見が持て余していた八田美咲への感情を私へ向けさせるのは造作もない事だった。彼と私は性別は違えど格好は似ている。彼の性格に私が似せる事は簡単で、少しだけ明るくそして素直に振舞う。ただそれだけで皆は彼と私が似ている、と口々に言うのだ。
 なんて単純、そして阿呆らしい。
 完璧に人格を真似するなど出来やしないのに。

「――三崎」
 伏見は一体何を思って私の苗字を口にしているのだろうか。そんなもの分からないし分かりたくもないけれど。
(目醒めたときにきっと彼はいない)

'13.3.16

瞳を閉じてサヨウナラ

AiNS