ふと眼が醒めた。
 時計の秒針が厭に耳に鳴り響く静寂の中、右手を彷徨わせ手に取った端末で時刻を確認する。今は午前3時半近く。今日は日曜で怠慢と疲労感を持ち合わせながら講義を受けるのを免れほっと息を吐いた。
 取り敢えずシャワーでも浴びようとベッドから立ち上がる。電気を付け見回した自分の部屋に情事の痕跡は欠片もない。あんなに乱れ床に投げ落とされていたシーツでさえ綺麗に整えられ私の上へと掛けられていた。伏見はこんな几帳面だった筈はないのだけど、と苦笑して思い返す。──後悔してるんじゃないか、と。
 八田美咲への異常な感情の高ぶり。それの一時的な捌け口が私の役割なのだが矢張り後ろめたい気持ちはあるのか彼は私と致して、そして毎回異常な程に私の部屋を綺麗に片付け出て行く。勿論、私が眼を醒ましたときに彼が居たことなんてない。それは恐らくこれから先も変わらない。

──痕なんて、付けるような関係じゃなかったと思うんだけど。
 鏡に映る私の躰。鎖骨に一つだけ散った薄紅にそっと指先を這わす。如何いう心境の変化か私には理解出来ない。ぐっ、と皮膚に爪を立て直ぐ力を緩めた。
「阿呆らし……」
 こんなのただの気紛れに決まっている。思い上がるなと自分を戒めた。私は私の役割を遂行すれば良いだけの話。余計なことに期待をして彼へ期待の、熱の籠もった眼差しを向けてしまえば彼の持つ"八田美咲"から懸け離れる。そしてお払い箱になってしまえば。今まで何の為に、自分を捨てて。
「…………阿呆らし」
 鏡の自分を嘲笑してみた。嘲るどころか泣き出しそうな笑みになってしまったのは見ない振りをして。

'13.3.18

その執着を欲している

AiNS