「あれは……」
 大学の帰り。人混みの中で見つけたのは黒いニット帽からはみ出る赤毛。スケートボードを傍らに携えヘッドフォンを首に掛けている人間なんてそう居やしない。
「八田君?」
「あ?」
 振り向いた彼の顔はあの頃と変わっていなかった。久し振りだね、と微笑を浮かべ一歩近付く。距離が近付いた私に少し狼狽えた様子を見せる八田は相変わらず女の子慣れしていないことが窺え、あの頃と全く変わっていない様子にどこか懐かしさを覚えた。
「覚えてるかな? 中学以来だけど」

***

「あー……っと、悪い! 名前、なんだっけ?」
 申し訳なさそうに名前を尋ねる八田にあーやっぱり忘れられてたかと苦笑して口に含んだ乳酸飲料を飲み込む。
「三崎。 三崎名」
 名前を告げたがいまいちピンと来ないらしい。んー、とコップの中に入った氷をストローでかき混ぜながら。
「伏見は覚えてるよね? 私、伏見と偶に居たんだけど」
「あぁ! 名か!!」
 ひっさしぶりだなー、と笑って言う八田を見てそうだねと微笑む。どうやら彼の記憶の片隅に居てくれたらしい。伏見と居るときにしか関わりはなかったがそれでも彼の「友人」という括りに入れられていたのか先程まであった警戒心を解き笑って話をしてくれる。
「な、お前今何してんの?」
「大学に行ってる。 そう言う八田は?」
 聞かなくても八田が何をしているのか解かっていた。吠舞羅の一員でBar HOMRAを根城にしバイトを掛け持ちしている。しかし敢えて尋ねたのは矛盾をなくす為。暫く会っていないのに相手の事情を知っているのは不自然だろう。尋ねられた八田は一瞬言葉に詰まり視線を逸らしながらバイトを掛け持ちしていると返答した。そりゃストリートギャングやってます、なんて大っ平に言えないよなと一人納得しそっか、とだけ言ってこの話を終了させる。
「そう言えば伏見とはどうなの?」
 これも解かり切っている話だ。伏見が吠舞羅を抜けセプター4に入ってから二人の仲は険悪な筈。予想通り八田は口端を噛み締め「猿なんて知らねえ」とぶっきら棒に返した。その返答に内心安堵する。良かった、私はまだ八田美咲の代わりをやれる。
「喧嘩でもしてるの?」
「……あぁ」
 出来ればずっと、和解しないで犬猿の仲でいていただきたい。それこそ出会ってしまえば能力を使い殺し合う一歩手前のような。そうすれば私は。
「な、なあそういえば――」
 そう言ってあからさまに話題替えをするのに気付かない振りをしてその話題で盛り上がる。八田と接触出来る機会など余りないのだからこれを利用しない手はない。八田美咲を観察し口調や動作を吸収する。
 彼の為に。

'13.4.3

今更虚しいなんて思わない

AiNS