「躯を繋げることに、意味を求めるな」
 薄灰の双眸に昏い色を灯して彼は紡いだ。
「無駄な思考も止せ。 いいか、余計な推測や憶測をするんじゃねえ。 感情を伴わない行為なんざ珍しくない」
 残酷な死刑宣告のようだった。この男は、私が彼に恋慕を抱いているのを知っていながらそれを無視し自分にはそのような感情はないと言いつつ私を抱こうとするのか。
「手前だって悪い条件じゃねえ筈だ」
 そうかもしれないですけど。
──虚しいじゃない。
 五臓六腑に染み渡る虚無感に頭が痺れそうだ。“感情を伴わない行為”なんて、私の独り善がりでしかないだろう。“意味を求めるな”と言ったのも牽制だ。
 私が過剰に期待しない為の。
 この警告をした上で兵長は私が肯か否か言うのを求めている。肯いたらこの意味のない行為を、ただの掃き溜めを行うのだろう。
 私の一時的な充足と引き換えに。
 一時的に隣で眠ることを赦され触れる権利を与えられ夢現に溺れることが出来る。
 それは確かに魅力的で願ってもない望みで。
 けれど本当にそれでいいのかと脳漿が警鐘を鳴らす。私が求めているものはそんな虚偽ではない筈だ、と。
――ただ、これを逃したら?
 この夜の出来事が何もなかったかのようにお互い振る舞いいつも通り上司と部下の関係になるのだろう。この話を持ち掛けられたことも忘れ巨人を屠りいつ命を落とすか分からない恐怖と闘い。
 そんなのは嫌だと思った。
 一時的な関係でも、感情が伴っていなくとも、欲望の捌け口でも構わないから、なんて。安直すぎる衝動だと自身を嘲笑い。

 この手を伸ばした。


***

 安っぽいリネンのシーツが身動ぎした拍子に擦れた音を立てる。気配に敏い彼のことだから私の意識が浮上した時点で起きてしまっただろうが、それでも未だ隣で瞑目し寝ている男を起こさないよう成る可く音を出さないように起き上がると僅かにスプリングが軋んだ。
 床に散乱した衣服に袖を通し身仕度を整える。その間鴉雀さえ声も非ず衣擦れの音が時折思い出すように小さく響くだけだった。耳殻の痛くなるような静寂から逃れるように部屋を出る。
 引き留める声も、仕草さえ無かった。
(……兵長は牽制してたじゃないか)
“意味を求めるな”と。
 それでも棄て切れず心の何処かで期待してしまった私の落ち度だ。私に傷付いて良い資格などない。
 眦が熱くなるのを堪えて曙光の射し始めた廊下を足早に且つ音を立てず歩く。皆が起きてしまう前に部屋に戻らなくては、という思いで一杯だった。

 自室に戻り後ろ手で扉を閉めベッドへと吸い込まれるように歩き身を投じる。抵抗するように跳ね沈んでいくベッドに身を委ねながら眼目して先程の情事を思い出す。
──思いの外優しかった。
 それはもう、泣きたくなる程に。
 地膚を滑る指先も、鎖骨を這う掌も、髪を梳かす指も、慈しむように落とされる口唇も、その総てが日溜まりのように温かく私の為にあるものだと勘違いしてしまいそうになり。否、していた。
 あまりにも温かく優しく接するから、夢現だと忘れ幻に溺れ眼が醒め戻った現実に失望し。
 滑稽だと思う。兵長は牽制していた。これは感情の伴わない一時的に快楽を分け与える行為だと。それ以上でもそれ以下でもない、ただ一夜を過ごすだけ。それ以上を求めてしまったのは私だ。
 一過性で良いなんて、嘘。
(……私はきっとあの夜から帰れない)
 貴方の息が、声が、温もりが、仕草が、熱が、私を縛り付けた。
'13.07.30

無き愛を乞う

AiNS