04.

 長ったらしい始業式が終わり、代わり映えの無いクラスメイトとの顔合わせや三年間これまた変わらない担任の雑過ぎるSHRも終わった。欠伸を噛み締めて薄っぺらい鞄を手に取り騒がしい教室を出る。廊下で他愛無い会話をしている生徒の間を縫って目指すは昇降口では無く別棟。
 スリッパの音を意図的に消し、辿り着いた部屋の前で軽く服装と呼吸を整えノックをする。中から応答は無かったが気にせずに立て付けの悪いドアを引いた。途端、人工甘味料の匂いが鼻腔を過る。机上に散乱した苺牛乳のパックやら開封したお菓子の袋を見て呆れたように息を吐く。整理整頓を知らないのか、この先生は。
 大して広くない国語科準備室を見渡して目当ての白銀が居ないと知ると再度息を溢す。会議だろうか。それとも糖分補給。どちらにせよ銀八が居ないのは面白くない。
 直行で来ると思ったのに、と小さくぼやいてドアを閉める。銀八が来るまで、待っていよう。
 革張りのソファーに腰を沈め手持ち無沙汰にスマフォを弄る。ぼやいったーやゲームをして時間を潰すこと数十分。ドアが開き視線を向けると待ち望んでいた人物を視界が捉えた。
「――銀八先生!」
「おう、匿無ィ。 早ぇーのな」
 立ち上がって駆け寄るとペロペロキャンディーの棒を持っていない方の手で頭を軽く撫でてくれた。頬が綻ぶのを感じながら銀八の後を追ってソファーに座る。ふわりと煙草の匂いがしてニコチン補給だったかと自分の推測を訂正した。
「先生、煙草臭い」
 鼻を詰まんで言うと「え、そんな臭う?」と焦ったように白衣を嗅ぐものだから私は可笑しくなって「冗談。 少しだけですよ」と笑った。
「焦ったじゃねーかコノヤロー」
「ごめんなさい。 でも煙草吸うなら別に此処でも良かったのに」
 どうせいつも吸っているんでしょう?と付け加えて尋ねる。銀八は「オメーの真っピンクな肺を俺の煙草で汚したくないんですぅ」と私を気遣う台詞をくれた。確かに、主流煙より副流煙の方が有害物質の含有量が多いと聴いたことがある。私が病気に掛かってしまうのを危惧してのことだろう。だが。
「銀八先生が誰かに気ぃ遣うなんて気持ち悪い……」
「お前な! 人を何だと思ってんの!」
 思わず両手で両腕を抱え身震いすると耳元で銀八が叫んだ。「煩いです」と言ってから。
「教室でバカスカ吸っているくせに……」
 そう言うと「アレはレロレロキャンディーだからいいの!」と宛ら子供みたく反論される。その様子に口端を緩めた。
(先生の副流煙で病気になるなら、それでもいいのに)
 流石にそれを言うのは憚れたから、言葉諸共呑み込む。先生がファイルやら書類やらを机の上に出し始めるのを見止めて「仕事ですか」と問う。
「ああ、これから面倒臭ェ学校生活だろ。 オメーらは始業式の後何も無くとも先生達ァ仕事三昧なんですう」
「そうなんですか……。 なら邪魔にならないよう帰ります」
 そう言って上げた腰は腕を取られ曳き止められた。先生を俯瞰する状態で視線が交差する。硝子で隔たれられた深緋色が薄く微笑み「邪魔じゃないから帰らないで」と紡ぐ。その言葉に停止した思考回路が意味を理解してから破顔した。
 革張りのソファーに座り直し背凭れに凭れて先生の仕事の様子を見守る。ペンが紙の上を走る音、微風が紙を捲る音を聴きながら瞑目した。

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卯月

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