05.

「折角の連休を、こんなとこで潰して良いわけ?」
「良いから此処に居るんですよ」
 今日からゴールデンウイーク。学校は休みだが先生が来ているかもしれないという予想で学校を訪れた。ノックし何も抵抗の無いドアを引いて見えた白銀に胸を撫で下ろす。良かった、居た。
 二人掛けの革張りソファーに腰を下ろしていた先生の隣に座ると開口一番に尋ねられたのが冒頭の台詞。私の返答にそっか、と呟き苺牛乳のパックを手に取り嚥下する様子を眺めながら言葉を続けた。
「それに、此処は心地が良いので」
 それは作られた箱庭だと知っている。私の為に作られた箱庭は当然、私が心地の良いように出来ている。
「……なら良かった」
 その言葉に微笑みを取り繕った。
 愛しい者が傍に居ることや、喧騒から逃れるような場所にある国語科準備室での逢瀬も、穏やかで温かく進む時間も、来年は無い。子供の特権で手に入れることが出来た一時的な充足は未来永劫では無く、時が来てしまうとシンデレラの二十四時を告げる鐘が鳴るように呆気なく終わってしまう。
「先生も、折角の連休なのに此処で過ごしてて良いんですか?」
「いーんだよ、家居ても何もするこたねーし。 それに」
 匿無が来る予感してたしな。

――嗚呼。

 口端を緩めてふわりと微笑む先生を見て思わず瞑目した。目蓋の裏に先程の笑みが焼き付いて離れない。
――先生は、どうしてこんなに私が欲しい言葉を掛けてくれるんだろう。
 国語教師だから、人の心理を読むことに長けているのか。私が掛けて欲しいであろう言葉を選んで紡いでいるとしても、その言葉が本心で無くとも、構わないと思う。
(だって)
 一年。たった一年限りの関係なのだ、私達は。
 聖夜に温もりを分かち合うように寄り添っても、子供の戯言のように愛の言葉を囁いてみても、“また来年”と小指を絡め合って次を約束するような間柄では無いから。
(それでも幸せだって思えるなんて、莫迦なんだろうな)

「──私も」
 先生が、居るんじゃないかって思ったから、来たんです。
 その言葉に先生は柔く笑みを浮かべ「似た者同士だな」と言う。眦を紅く染める私に先生はあやすように数度頭を撫でて肩に寄り掛かった。
「先生……?」
「疲れてんの。 ちょい眠らせてくんねえ?」
 そう言うや否や肩口に埋めた頭がぴたりと動かなくなる。耳を澄ますと薄い呼気が聞こえ、眠りに入ったのだと察せた。
「……おやすみなさい」
 小さく呟いた声に返答する声は無い。

04 | 06

皐月

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