――まるでイルカみたい。
 彼の泳ぎを見て頭に浮かんだのはそれだった。

 容赦なく照りつける太陽の陽射しがプールの水面に反射して輝かせる。その中を気持ち良さそうに、自由に泳ぎ回るその姿はまさしくイルカ。
 その眩しさに眼を細め、少し経ってから後ろ髪を引かれつつ窓枠から立ち去る。可能なら時間のある限り眺めていたいが私とて暇ではない。先生から雑用のお呼び出しが掛かっている。
 最近設立したという水泳部。恐らくその部員であろう名も知らない男子生徒に私は見惚れていた。

***

 次の日、私は人気のない階段の踊り場からプールを眺めた。四階に位置する此処は旧館で普段あまり使われることのない移動教室が密集しており放課後となれば人の気配はないと同然になる。委員会の話し合いの為、この棟の教室を利用した際にこの踊り場からプールが見えると何気なしに記憶したのが功を成した。此処からなら誰かに見られる心配もなく眺めていられる。
(気持ち良さそうに泳ぐなあ)
 冷たい水を優雅に、それでいて力強く裂く様に見とれていると泳ぎ終えたらしい彼がプールサイドへ上がった。キャップを外し髪の水分や耳孔に入り込んだ水を落とす為なのか頭を振っていて、その動きに連れられ靡く黒髪がスローモーションで私の視界に映る。
 途端、跳ねる心臓を右手で抑えた。どくんどくんと鼓動の脈打つ速さが耳まで反響して煩わしい。彼の一挙手一投足から眼が離せず、体温が上昇していくのを感じる。
――嗚呼、なんて単純なんだろ私。
 彼の泳ぎに興味を抱いただけなのに慕情まで抱くなんて。
 恋の始まり方としてはあまりに有りがちな話だった。

'13.7.24

溺れた魚

AiNS