サイドエフェクト持ち

 脳を揺さぶるような、水面に波紋を広げるような感覚を察知して思わず窓の外を見た。体育でサッカーをしている男の子達がいるがわたしの目的はそのずうっと先。方角は北北西、距離にして凡そ五キロ。勿論建物で目的物は隠れてしまうし、五キロ先にあるものなんて到底見えないがわたしの“これ”に目視の可不可は関係ない。

(トリオン形状からしてバムスター。他に反応は確認出来ないから一体だけ。周囲に隊員のトリオン反応あるからすぐ対処出来る)

 一応、本部長に連絡入れておくかとこっそり点灯させ開いたメッセージアプリで「私の現在地から距離5k、北北西。バムスター1きます」と送信する。送信が完了したことを確認し、机の上に置きっ放しにしていたシャーペンを手に取ったところで警報機がけたたましく鳴り響いた。ゲート発生、と警報アナウンスが流れるのを他人事のように聞き流す。控えめながらも周りがざわめくのを肘をついて見やった時、後ろから背中をつつかれる感触に「何」と返事をしながら振り返ると悪戯っ子のような笑みを浮かべた友人が手に持ったシャーペンをゆらゆらと左右に振る。恐らくあのシャーペンの頭でつついたのだろうな。

「行かなくていいの、ボーダー隊員」
「わたしが着く頃にはもう倒された後だから、行っても無駄足だよ」
「そっか」

 なんだ、名が活躍出来るとこ見れると思ったのに、と不満げに唇を尖らせる友人に苦笑した。教卓に立つ教師が静かにと声を張り上げるのを見過いで振動したスマホに視線を落とす。

本部長『ありがとう、助かった』

 通知領域に表示されている、簡潔に書かれた返信を横にスライドさせて消去した。


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 学校が終わりカラオケに行こうと誘う友人に、防衛任務があるのだと断り手を振って別れる。さて、今日の防衛任務のメンバーは一体誰なんだろうなと考えながら本部へ向かっていると前方に見知ったトリオン反応を感知した。

「みかみちゃん!」

 わたしの出した大声に三上ちゃんが振り返って反応する。可愛い後輩の姿に口元が緩むのを感じながら駆け足で近寄り、「今から本部? わたしも着いていっていい?」と相手の返事を聞かないまま隣へ並ぶ。

「匿無さんはこれから防衛任務ですか?」
「そうだよ。ボーダーってば人使い荒いよねえ、一昨日も任務に就いたばかりだって言うのに」

 碌に遊べやしないと唇を尖らせて愚痴るわたしに匿無さんが居たら安心なので皆さん頼っているんですよとフォローしてくれる。

「だからって頼りすぎ。わたしの成績落ちたらどう責任取ってくれるんだろ」
「あはは……」

 返す言葉もないのか苦笑する三上ちゃん。下がった眉も可愛いなあと眺めていたらそういえばと思い出したように相手の唇が動いた。

「昼にイレギュラーゲートが開きましたけどあれも感知してくれたんですよね。流石です」
「まあね。それしか取り柄ないし」

 わたしの持つサイドエフェクトはトリオン反応を検索・捕捉出来るというもの。地球上に存在するなら例え裏側に逃げても追い続けることが出来ることから一部の連中からトリオンストーカーだとか戦うオペレーターだとか言われてるけど失礼すぎない? ストーカーって。
 そう言うと三上ちゃんは困ったような顔をして「そうですね」と同情してくれた。優しい。
 その後、三上ちゃんと話ながら(主にボーダーに対する愚痴をわたしがつらつらと並べ相手が相槌を打つというものだが)本部へと辿り着き、お互い目的地が違うのでじゃあと別れた。

「匿無」

 面倒な仕事が始まるなあと憂鬱な気分で歩こうとしたら後ろから聞き覚えのある低音が短く聞こえてくる。ぱっと表情を一転させて振り向けばボーダー隊員憧れのあの人。

「かざまさんっ! ……ときくちはらくん」

 と、もう一人。初対面の菊地原くんが隣に佇んでいた。初対面とは言え、本部内で何度かすれ違ったことはあるしA級なのだから名前くらい知っている。
 今日の防衛任務は俺達で対応する。よろしくと年下にも丁寧に挨拶をしてくれる風間さんに対し菊地原くんは足引っ張んないでよと言うだけだった。むかっ、わたしの方が確か一個上なんですけど!

「はい、ついうっかり撃ち抜かないように気を付けますね。よろしくお願いします」
「俺達の戦術に対応できるスナイパーはお前しかいない。間違えても味方を撃ってくれるなよ」
「……もちろんです」

 風間さんを撃ち抜いた日には親衛隊からの視線が怖い。想像してぶるりと震えた私に菊地原くんは興味なさげに「そんなに有能なんですか?」と問い掛けていた。

「嗚呼、匿無が隊に属すれば今発表されているランキングのパワーバランスが逆転する程度にな」
「でもB級じゃないですか」
「狙撃の実力は未熟だが付随されている副作用サイドエフェクトは無視出来ない。オペレーターが二人になるのと同等、得られる情報量と質が違う」

 褒められているのか貶されているのか。多分、褒められているのだろう。えへへと頬を緩めたが狙撃に荒削りさが目立つのが今後の課題だなとしっかり釘を刺された。精進します。

「その副作用サイドエフェクトって一体なんです?」
「トリオン反応の検索・捕捉」

 風間さんに尋ねたのは知っていたが横から口を挟ませてもらう。本人がいるんだから自分から説明した方がいいもんね。それにしてもわたしの副作用サイドエフェクトは結構有名だと思っていたけどわりかしそうでもないのかな。

「バッグワームを使われようと、地球の裏側にいようとトリオン反応を感知して現在地の特定が出来るの。GPSみたいなものと思ってくれればいいよ」
「ふうん、それでトリオンストーカーってわけ」

 きっちり耳に入れているじゃないか。素知らぬ顔したのは一体なんだと口元がひくついたがどこかすっきりした彼の表情にわたしの能力名だけが飛び回っているのかと理解した。

「カメレオンとスナイパーの相性は最悪だ。だが匿無は関係ない。どうしても接近戦になる俺達にとってこれほど頼もしい存在はないだろう」
「持ち上げすぎですよ風間さん」

 賛辞を送る風間さんに菊地原くんがじと目でわたしに視線を向ける。調子に乗るなとでも言いたいのだろう、分かってますって。

副作用サイドエフェクトがあれど、わたしの狙撃技術はまだまだで……」
「確かにな。動く的に当てられないようでは話にならん」
「うっ」

 周りのスナイパーが変態技術過ぎるんですよ。そう愚痴りながら風間さんが先導する後を着いていく。
 練習して固定された的には当たるようになった。だが実際の標的が動かないとは限らない。相手がどう動くかを予測しなければ。

「スナイパーから転向したら?」
「嫌。これを生かすにはスナイパーだから」

 折角、無条件で相手の居場所を捕捉出来るのだ。好き好んで接近戦に持ち込む奴が何処にいる。そう菊地原くんに説明すると「技術がないと生かせるものも生かせないでしょ」と一刀両断されてしまった。正論過ぎて何も言えない。これじゃ宝の持ち腐れと呆れたように首を振る相手にB級上がってまだそんなに経ってないのだから仕方ないじゃんと心の中で悪態つく。

「匿無は隊に入らないのか。色んな部隊から声が掛かっていると聞いたぞ」
「お誘いいただけるのは嬉しいのですがわたしはフリー隊員でいるつもりです」

 そうか、勿体無いなと呟く風間さんに見えていないだろうが愛想笑いで応えた。ありがたいことに、個人ランク最下位をうろうろしているわたしを誘ってくれる部隊はいくつかある。だがそれらに属するつもりはない。だって近界民ネイバーを倒すのにチームでいる必要性が見当たらないような。いや、単純に複数で戦った方が有利だってのはわかるんだけどね。
 正直、連携プレーが苦手なのだ。わたしが副作用サイドエフェクト持ちな所為か他人と見ている世界がどこか違う。一度お試しにとチームを組んで戦ったことはあるがみんな無防備に敵に近付こうとするんだもん。敵の位置を把握できないのだからしょうがない。聴覚情報共有みたいに思考情報共有ができたらいいのだがそれは無理な話だ。常に動き続ける味方・敵の位置を分かりやすいように説明するのに骨が折れる。
 それを克服する為にチームを組めと言われたらなんとも耳が痛い話である。
 兎に角、個人ランクを上げ戦闘に慣れなければ話にならない。防衛任務に充てられる数が多いのも実戦を積ませる為だろう。

──期待されている。

 わたしが副作用サイドエフェクトを使いこなしボーダーに益を与えることを。
 最前線に立つ戦う司令塔オペレーター。上手く言ったものだと嘲るように笑みを浮かべる。いくらこの世界を守る為とはいえ、わたしにその役割は荷が重すぎるのだ。

トリオンストーカー

AiNS