羨ましい。
 羨ましい、と。彼を後ろへ従わせる彼女を見て正直、その言葉しか浮かばなかった。

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 王選。私の住む王国の王を決める為の手法らしいが、今はそれが憎たらしくてしょうがなかった。一介の市民でしかない私と、王選候補者の騎士である彼との距離を如実に表している。否、元から私達に近しい距離はない。使いで近道をしようと裏路地を通った時、柄の悪い連中に運悪く捕まってしまった時、金は仕方ないかと諦めた瞬間運良く助けてくれたのがラインハルトさんだった。それからというものの、私は彼の姿を見つける度追い掛け何かと理由を付けては言葉を交わしている。公務中は流石に長話はしない。今日もお疲れ様です、頑張ってくださいなんて簡単な言葉を二言三言投げ掛けるだけだ。運良く非番の彼を見つけた時はそればかりではないが。
 ラインハルトさんはとてもお優しい方だ。
 柄の悪い連中に絡まれている女の子を助けた数なんて枚挙に暇がないのは知っている。私もその内の一人でしかないことも理解している。数多くの女の子からアプローチを受けていることを彼へ付きまとう中で知り、かく言う私もその数多い女の子の内一人でしかないことを知った。
 けど、彼がとても優しい人だから。
 迷惑そうな顔を一瞬でもしてくれたら。私と言葉を交わす中で忙しいと、時間を気にする仕草を少しでも見せてくれたら。そんな様子を一度たりとも見せてくれたことがないから私は彼の優しさに思いやりに付け入ってしまうのだ。
 けれど、王選候補者の騎士になったとなるとこれまでのように気軽に話し掛けに行くのは流石に厳しいか。元から手の届かない存在だったが、本格的に雲の上の人になってしまった。
 嗚呼、ラインハルトさん。貴方の麗しい微笑が私の活力でした。こんな何も取り柄もない町娘に親しくしていただき今までありがとうございました。もし許されるなら貴方のその端正なかんばせをもう少し堪能していたかった……。


 確かに私は堪能していたかったと言ったが、このような形では決して望んでいない。そりゃあないだろう、神様。
 王選候補者達の顔見せ。市場にまでやってくるとは微塵にも思わなかった。彼女達は自分達の騎士を背後へ付けながら颯爽と歩いていく。艶のある金長髪を風に靡かせ気の強そうな濃緋を吊り上げる彼女。深緑の長髪を纏い揺るがぬ意志の籠もった丹色の彼女。薄紫のウェーブ掛かった髪を揺らすおっとりしていそうな白藍の彼女。流れるような銀髪を持ちどこか緊張した面持ちの紫苑色の彼女。
 そして。
 金髪を黒いリボンで上へ一括りにし吊り目ながらもこの中で一番幼い顔立ちの彼女。その後ろには私の恋い焦がれる相手がいた。
(ラインハルトさん……)
 ぴんと伸ばされた背筋にすっと引いた顎。眼差しは真剣な表情で前を見据えているが唇は緩められていて嗚呼、やはり格好良いなだなんて呑気なことを考えていた。
 彼と私の位置は距離にして二メートル。これでも私は人垣の中を縫い最前列を陣取ったのだ。それでも遠い。漸く久し振りに顔を見れたと思えばこんな、立場を突き付けるような邂逅だなんてあんまりだ。
 歓声の中にいる彼らと歓声を送る側の私。誘拐された王族を貧民街から見つけ出し王選候補者の一人にさせたシンデレラストーリーの要と、一介の町娘。無理だ、世界が一回転してもこの恋は叶いっこしない。
 羨ましい。誰が、って彼を従えている金髪の彼女が。羨ましい、涙を呑むシンデレラストーリーじゃないか。誘拐され貧民街で孤独に育ってきたが実は王家の血筋であり、彼に保護されその口添えで王を決める王選に参加することになっただなんて。俗世の恋愛小説でありそうな展開が実際問題起こっている。
 この恋は叶わない。俗世の恋愛小説は、ヒロインと騎士がくっ付くのが通説だ。町娘Aと大恋愛を繰り広げる話なんて読んだことがない。だから。
(こうして、彼を外から眺めてるだけで十分)
 少し跳ねた赤髪を目で追って、距離が広がる度ゆっくりと地面へ視線を落とす。私の頭の中では先程思った言葉が虚しく反響していた。

私も共に居れたなら

AiNS