「んで、この時代は…」

放課後、茜さす教室で私はアイクと2人でテスト対策をせっせとこなしていた。
否、正確には、私がアイクに勉強を地道に懇切丁寧に教えている。

言わずもがな、アイクは勉強よりも部活一筋の所謂脳筋という奴だろうか、前回のテストの点数があまり芳しくなかったのだ。

そこで、成績もそこそこの部活動にも属していない私が何故か先生に頼まれて彼に何故か勉強を教えることになってしまった。しかも報酬は特にないそう。
貧乏くじだ。

「なるほど、あんたの説明は人物の逸話があって面白いな。覚えやすくて助かる」

ま、でも相手に感謝されて気分は悪くないかな。
それにアイクはイケメンだから見てて飽きない。
しかし、あまりにも凝視しすぎたせいか、キリッとしたビー玉のように澄んだ目とバッチリ目が合ってしまった。

「…俺の顔になにかついているか?」
「いや、男前だったからつい」

私はあまり隠し事が得意な方ではないので、ストレートによく物事を言っては友人に怒られてしまうのだが、アイクは冗談はよせと軽くあしらわれた。
なあんだ、もっと照れるとか面白い反応してくれればいいのに。

「アイクって結構モテるでしょ」
「…そんなことより、勉強を」
「教えてくれたら教える」

勉強始めてから結構経つし、休憩時間がてら話そうと、お菓子をカバンの中から出してアイクにも渡した。
彼は一言礼を言うと、素直にそれを受け取った。

「告白は結構されていると思うぞ」
「へぇ、みんな美人でしょ」
「そうだな、顔立ちは皆端正だったな」

チョコレートの包装を破り、口に放り込む。
そうチョコと言えばバレンタインもすごい数だったな。そりゃ無理もないか顔も整ってるし、剣道部部長で実力もあるし、男前だし。
モテる男は違うな。

「でも部活一筋だから、やっぱり皆断ってんでしょ」
「…そうだな、皆そうなることを分かっていながら告白してくる…何故だ?」

アイクはイケメンだからもっと告白されてもいいと思ったのに、そうでもなかった理由は釣り合いが取れるか女の子が気にする云々以前に、乙女心が分かってないからか。
それじゃぁそれだけ数も絞られるわけだと内心納得しつつ、一応乙女心の勉強も教えてあげることにした。

「そうだね、なんていうか、好きって感情は、自分の中では抑えきれないものだと思うんだよね」
「…そうなのか?」
「うん、毎日その人のことばっかり考えて、気づけば目で追ってて、話したりできた日には凄く嬉しくなる…出来れば自分だけのものにしたいって感じで、心がその人で満タンになるんだよ」
「……」
「それが溢れてくると、多分伝えたくなるんだろうね。どうしようもないって言うか、自分だけじゃぁ持て余しちゃって、もう抱えきれなくて、それで、フられるかもしれないけど勇気を出して告白しようと思うんじゃないかな」

あくまで私の恋愛経験上の考えに過ぎないが、アイクは真剣に話を聞いているのか、お菓子に全く手を付けていなかった。

「あんたは、そんな思いで誰かに告白したことがあるのか?」
「うん、あるよ」

小学校中学年くらいの遠い昔の話だが、初恋だったからだろうか。今でもよく覚えている。
それを聞くなり、アイクもそんな時があったのだろうか、面持ちがやや沈んでいるように見えた。

「その相手とはどうなったんだ?」
「他に好きな子いたみたいでダメだったよ」
「そうか……」

ん?表現が戻った…?分かりづらいけど、人が失恋した話で元気になるんじゃぁないよ…。
アイクもやっとお菓子を食べようと包装を破っていたが、その手を途中でとめると、まだ引っかかるところがあるようで再び口を開く。

「ゆめこの話を聞いてて、今まで分からなかった胸の蟠(わだかま)りが取れた気がする。ありがとな」
「そりゃ、どうも」
「だから、持て余したそれを言葉にしようと思う」

……?誰かに告白でもしてくるんだろうか。
ま、がんばれ。

それにしても喋り過ぎて疲れたな。お茶でも飲むか。

「俺はお前が好きなのかもしれん」
「ぐふ…!」

危ない……吹き出すところだった。
てか、なに?今なんて言った?
私のこと好き?は?
展開が急すぎて、唐突に鈍器で殴られたレベルで頭が真っ白になる。

「おい、聞こえたか?」
「いや、めっちゃ聞こえてた。びっくりしてるだけ」

フラグも前兆も無しに告白されたら誰でも驚くよ。
それに特にアイクに可愛いとこ見せたりとかしてないし…なんで…?

「…最初はあんたの事は名前も覚えていなかった」
「おい」
「でもいつだったか、あんたは放課後困ってる委員を手伝ってただろ」
「あん時はたまたま困ってそうだったし、なんか放っておけなかったんだよ」
「最初はたまたまだと俺も思ってた。だがゆめこは見かける度に誰かを助けては何事もなかったようにどこかへ行ってしまう。本当にお人好しなんだなと感心していた」
「ただ貧乏くじ引く回数が異常に多いだけだよ」
「だとしても、放っておくことはできるだろう」
「そーね、でも私、いい子だし」
「ふっ…そうだな、お前はいい子だ」

頭を優しくひとなでされる。
これをやられてときめかない女はいないだろう。現に私もときめいている訳だが……これはイケメンしか許されん行為だぞ。けしからん。

「あんたのそう言う気持ちがいいくらいにストレートな物言いも嫌いじゃない」
「アイクもそんな感じだもんね。類友ってやつ?」
「そうかもな。その、なんとなく普通の女子とは違うあんたに俺は知らないうちに惹かれていったのかもしれん」
「わたし、普通の女の子なんだけど?失礼じゃない?」
「そうだな。ゆめこ、あんたは可愛い女の子だ」

目を細めて優しく笑うアイクに、私は思わず見とれてしまった。
なんだこの男は。

まったくタチの悪い天然タラシだと、内心毒づいて見るけれど、ちっとも嫌味じゃないその微笑みは、私の体温を上げるには充分すぎるくらい、かっこよくて。

そんなかれが、私をすき、だなんて。

彼の溢れた気持ちを受け止めるには、あまりにも突然過ぎて、私は思わずそれを零してしまいそうだ。

「あんたはどうなんだ?」
「わ、私は…その……」


気持ちの整理がつかないままそんなことを聞かれても、どうすればいいのか分からなくて、思わず酸素を求める金魚のように情けなく口をパクパクと動かすことしかできなかった。

「まだ、アイクのこと好きとかわかんないけど…」
「けど?」
「そんなこと言われたら…意識しちゃって、毎日目で追っちゃうに決まってるじゃん」
「俺は構わんぞ。俺もお前のことはたまに見ているからな」

またもや衝撃のカミングアウトをされ、調子が狂う。もう、翻弄されまくってるじゃんわたし。

「……意識したら……」
「したら…?」

茜色の世界でみえる蒼眼は、そのコントラストであまりにも深く、澄んでいて目が逸らせなくなる。

ずるい、おとこ。そんな風にきくなんて。

それでも私の心臓は、キュッと少しだけ苦しくなって、甘ったるい酸素を運ぶ。

ああ、もう、彼でいっぱいじゃないか。

「……はい!休憩終わり!さっさと残りの問題終わらせるよ!」
「おい、まださっきの話…」
「アイクが満点取ったら言ってあげる!」

自分の気持ちに嘘はつけないけど、彼に伝えるのはきっとまだ先でも遅くない。

それに、赤点回避したら部活のない補習の日が空く。

その時には、その答えをこうして2人きりで教えてあげられることだろう。