私は比較的動物に好かれやすい性質?体質?らしい。

友達の家の普段全く人によりつかない猫も、人見知りの犬も、小さな小鳥に至るまで動物には沢山懐かれてきた。

友人いわく、動物は何かが見えてて優しいアンタが近づいても大丈夫って本能的に分かってるんじゃないか、らしい。

確かに、幼い頃から人には嫌われにくい性格と雰囲気だったから、その特異体質(?)は人間と動物どちらにも適応されているみたいだ。

だからこそ、気難しい人への対応をよく任されたりする。
別にそんな役回りだとかは思ったことは無いけれど、やっぱり初めてそういう人と関わる時は緊張もするものだ。

そして今日も、それを頼まれてしまった。

クラスで1番関わりが薄くて、無口で目付きがキツい海堂くんにプリントを渡そうとしたのに、姿が見えなくてただいま捜索中。

「(ん?あれは……)」

中庭で何かを見つけたようで、屈んでは手を伸ばしている彼を見つけた。
2階の渡り廊下から見ているのでそれが何かは分からなかったけど、とにかく急いでいかないとあの場所から離れられたらまた探さないといけない。

廊下は走らない!と書かれたポスターを尻目に、全力で彼のいる中庭まで駆け抜けた。


幸い、先生や生徒はまだ昼食を食べている真っ最中なので特に誰かに注意や邪魔もされることなく辿り着く。

良かった、まだいた。

軽く息を整えながら、今度は違う意味で上がる心拍数を抑えようと一旦深呼吸して徐々に近づいていくと、海堂くんが何に手を伸ばしていたのかをハッキリと見ることが出来る。

「チッチッチッ……」
「(へぇ、猫好きなんだな…ちょっと意外かも)」

木の下のベンチに隠れている猫は、まるで海堂くんに興味を示してないみたいでちょっと不憫だ。
まぁ、餌も猫じゃらしもないなら仕方ないのかも。

「(どうしよう、いつ声をかけようかな)」

あまりにも彼が熱心に猫に構っているものだから、話しかけるタイミングを見失ってしまった。
下手に声掛けて猫に逃げられたら、私のせいだって睨まれちゃうかもしれないし……。

あ、そうだ。

「おいで〜、ほらほら」
「!」

携帯ストラップに付けていたふわふわのキーホルダーを猫じゃらしのように使って、上手く猫をおびき寄せる。
よし、なんとか興味持ってこっちに来た。
あとはちゃんと挨拶替わりに手の匂いを嗅がせて……。

「よしよし、いいこだね」
「……」

良かった、珍しく抱っこを嫌がらない猫だったみたい。
無事に確保したまま、私は海堂くんに話しかけようと彼を見ると、顔に触りたいとでも書いてあるような表情で思わず笑いそうになってしまう。

「海堂くん、触ってみなよ」
「…俺なんかが触ったら……」

その雰囲気と目付きから、台詞の続きはだいたい察しがつく。
けど、多分この子は大人しいから大丈夫だろう。グイッと海堂くんに猫を寄せて、もう一度触るように促してみる。

恐る恐る手を伸ばす海堂くんの手は、テニス部レギュラーなだけあって豆だらけ。
でも男らしくて綺麗な指だった。

「……」
「野良猫なのに凄く毛並みがいいよね」
「そうだな……」

触れたことに余程感動しているのか、少しだけ口角が上がっている。

へぇ、そんな顔もするんだ。

「あ、忘れるところだった。これ明後日提出のプリント」
「おう、悪ぃな…わざわざこんな所まで」
「いいよ。面白いものも見れたし」
「(猫のことか)おう……ところで、どうやって猫をおびき寄せたんだ?」

携帯ストラップを見せると、説明するまでもなく納得したような顔を海堂くんはする。

ただ、引き寄せられたのはこれだけじゃないんだよなぁ。

「ほら、貸してあげるよ」
「いいのか」
「うん。やってみなよ」

猫を下ろして、さっきとほぼ同じ状態にすると海堂くんは中々上手くストラップを動かす。

ほほう、あれは普段から猫と遊びたくてちょっと練習してるみたいだな。まだまだたけどね。

普段の授業態度や、放課後のテニスの練習の頑張りを見ているとそのギャップが大きくてちょっと可愛い。

それに、さっきから同じストラップを使ってるのに猫が全く興味を示さなくてちょっと不思議がっているのもおかしくてまた笑ってしまいそうだ。睨まれるから笑わないけど。

「あのね、海堂くん。それにはちょっとコツがあるんだよ」
「なんだ?」
「取れそうで取れないように、ネコの目で追える範囲内で駆け引き上手に動かしてみて」
「んなこと言われたって……」

確かに、百聞は一見にしかずと言うし、実際に見せた方が早いだろう。
海堂くんにストラップを返してもらうと、それを実際に披露してみせる。

「ほら、こんな感じで……」

何となく理解してくれたか確認しようと海堂くんの方をみると、結構な距離の近さで、ある意味ドキッとさせられる。
海堂くんって、パーソナルスペース狭いのかな。

「……どうした?…って!悪ぃ!」

ちょっと驚いてしまって、何も言わなくなった私を見ると、海堂くんも自分からその距離まで来たクセにびっくりして必要以上に距離をとられた。

そう言えば前も、桃城くんに至近距離で話をされたし、男女関係なく私は結構近づかれやすい。
やっぱりこの特異体質がそうさせているんだろうか。

「しょうがないよ。ちゃんと見ないと分かんないことだったし」
「……フシュゥゥ……すまねぇ、もう1回頼む」

「うん。いいけど、もうそろそろ授業が始まっちゃうから、また今度ね」

練習するための猫が、その今度で中庭に居るのかは運次第だけど、居なかったら最悪探してしまえばいいだろう。

「おう、また頼む」

それに、結構レアな海堂くんを間近で見られるのは楽しいから、つい次の約束までしてしまった。
普段周りから距離を置かれている人の意外な1面を見れるのも、こういう役回りの専売特許って奴だよね。

私は上機嫌にキーホルダーを揺らしながら教室へ帰って行った。


****


あれからしばらく経って、海堂くんとは何気ない連絡を取るほど仲良くなっていた。

とは言っても、連絡することはこんな猫がいたとか、こういう味のチュールが猫が食いつきやすいとかそんなことばかりだけど。

「(ん?噂をすれば海堂くんからだ)」

メッセージを見ると、一緒に猫カフェに行かないかと簡素に書かれていた。

え、これって……もしかして、デートって奴…?
いやいやいや、まず付き合ってもないし、海堂くんに限ってそんなことしないでしょ、ていうか、そもそもテニス部で忙しいのに、こんなお誘いしてくるか?
いや待て、普通に猫カフェに行きたくて、でも1人じゃ入りにくいからただ猫仲間の私を誘っただけかもしれないし…って猫仲間ってなんだよ。私が猫みたいになってるじゃないか。

ああ!もう!なんでこんなに私パニックになってるんだ!

1人で真っ赤になりながら、既読がついた状態でただどう返していいか分からずオドオドしていると、海堂くんから電話が来た。

うわあああああ!!!どどどどどうしよう!!あ!でも、とりあえずとらなきゃ!

「も、もしもし、海堂くん…?」
「俺からの着信見てとったなら、分かって当たり前だろ」
「あはは、そ、そうだよね!」

普段は猫と一緒にいる空間で話をしてるから、特に緊張せずに話が出来るけど、電話も2人きりで話すのも初めてで、しかも、海堂くんの低い声が耳元で聞こえてなんかすごいドキドキするし緊張で声が上ずってしまう。

やばい、絶対変な奴だと思われた。

「さっきのメッセージなんだが…」
「え!?あ、ね、猫カフェ!?」
「ああ、それなんだが、」
「な、なにかな?」

走ってもないのに、心臓がこんなにも動くなんて凄いなぁ。

なんていうか、すごく、苦しいけど、やじゃない。

「あれは桃城が勝手に送りやがった奴だ」
「え、」

さっきまであんなに赤くなっていた頬が、急激に冷えていく。

そっか、そうだよね。海堂くんは部活で忙しいし、私なんかと呑気にそんなところに行ってる場合じゃないんだ。
少し冷静に考えれば分かったことなのに、何あんなに馬鹿みたいに期待してたんだろう。

あれ、なんで、私は、泣きそうになってんだろ……。

「うん…そっか、分かった。部活、頑張ってね……それじゃぁ……」

「ああー!馬鹿!お前、俺がせっかく作ってやったチャンスを!!」

電話を切ろうとしたら、突然スピーカーの向こうから桃城くんの大声が聞こえて思わず携帯を指から離す。
チャンスって、そんなに海堂くん猫カフェ行きたかったのかな…。

「うるせぇ!!夢山は嫌かもしれねぇだろうが!」
「お前、断られんのが怖いんだろ!」
「ぁあ!?んなわけねぇだろ!少しは夢山の気持ち考えて行動しろやお前は!」

「あ、あの、海堂くん!」

音量を小さくしても煩い2人の喧嘩は、こっちも負けないくらい大きな声で話しかけないときっと掻き消されてしまうので、部屋の中で久々に腹から声を出した。
よかった、ここが街中じゃなくて。

海堂くん、私の気持ちを考えてわざわざ連絡してくれたし、それにそんなに猫カフェに行きたかったなら行かせてあげたい。
少しだけ深呼吸して、決心する。

よし、言うぞ!

「あ、あの、猫カフェ、海堂くんが嫌じゃないなら……その、一緒に……行きませんか……」

緊張しすぎて言葉がとぎれとぎれになってしまう。無意味に空いた左手で、キーホルダーを無意味に握ったり離したりして、落ち着かない。

どうしよう、今更だけど断られたら……。

「よかったじゃねーか!マムシ!」
「オメーは黙ってろ!」

ん?ちょっと待て、もしかして桃城くんが聞こえてるってことは海堂くん電話スピーカーにしてる?
しかもなんか時々男の人の声がするし、テニスボールが落ちる音も聞こえるから、もしかして今の全部部員さんに丸聞こえだったんじゃ……。

「海堂くん、スピーカー切って……」
「……悪い、切り方わかんねぇ…桃城が勝手に変えやがって」

恥ずか死ぬとはまさにこのことだろう。
穴があったら入りたい。いやまぁ、今、実際布団に潜ってしまっているんだけど。

しかも海堂くん機械音痴かよ。新発見だわ。

「部室出る、ちょっと待ってろ」
「え、説明するからいいよ?」
「いい。どっちにしろ出るつもりだったんだ」

ガタン、と言う音と、周りからの冷やかしの声がモロに聞こえる。
やっぱり人めっちゃいたのか……恥ずかしい……。

「悪ぃ、待たせた。……ね、猫カフェ……お前が本当にいいなら、俺は、行きたい……」
「うん、大丈夫だよ。私が誘ったんだし。それじゃぁ……あ、でも、海堂くん部活で忙しいんでしょ?本当に大丈夫?」
「大丈夫だ。それに、たまには息抜きも必要だと最近言われたばっかだからな」
「ふふ、そっか、海堂くんらしい注意されてるね。それで、いつにしよっか?私は、海堂くんの暇な日でいいよ」

なんていうか、私、今本当に浮かれてるな。
桃城君が勝手に送ったって言われた時はあんなにもしょげてたのに。
早とちりだけど、今はその日のコーディネートをどうするかとかそんなことで頭がいっぱいだ。

「そうだな、丁度明日が空いてる」
「あ、明日!?」
「…予定でもあったか?」

こう来たら多分来週の日曜日になるんじゃないかと勝手に思っていたのに、結構唐突だな。
でも、それはそれでスグに海堂くんと会えるから嬉しいかも……ん?嬉しい……?

「ううん、いいよ。じゃぁ明日何時からにする?」
「じゃぁ……」

集合は10時で、場所は駅前の記念オブジェ前。
それを決めて、少し会話をしてから電話を切った。

はぁ、まだドキドキしてる。
普段はこんなんじゃないのに、なんかさっきのくだりで海堂くんのこと変に意識しちゃいそうだ。

気持ちの行き場がなくて、その事をメッセージで友人に送ると、間違いなく恋してる、なんて言われてしまって、ますますふわふわした変な気持ちになってしまう。

どうしよう、明日ちゃんと普通に接することができるか心配になってきた。

落ち着け、夢子猫カフェに行くだけじゃないか、大していつもと状況は変わらない。
あ、でも、私服の海堂くん見れたり、一緒にお昼ご飯も食べたりするのかな。

きっと私服の海堂くん、カッコイイだろうな。
シンプルに白のYシャツと灰色のジャケット、細身の黒デニムだと大人っぽくて良いよね。あ、でも清潔感ある海堂くんなら上が白シャツとデニムジャケットになるのかも。
お昼は、海堂くんいっつも健康に良さそうなお弁当食べてるから、和食のお店になったりして……。

妄想を1人で勝手に広げつつも、私は早速明日のコーディネートをどうするか考え始めた。

緊張するけど、楽しみだな。