忘年会と報連相
※ネームレス同僚達と職場の忘年会会場へと向かっていた、その時だった。メッセージを受信したのを告げる通知が鳴ったのは。
『チームアップの件片付たから早めに戻る』
『これから飛行機乗っから、家着くのは二十一時になる』
彼氏である勝己からのメッセージであった。二年程前に同棲を始めてから、様々な約束をした中の一つ――報連相をちゃんとしやがれ、とのこと。
自分で提案したからか、それとも私にもちゃんとするよう強要させる為か、勝己は律儀に全てのことの報告をしてくれるのだ。
多忙なヒーローとだけあって、直前になって予定が変わるなんてことは毎度のことで。基本、就業中はスマホを見ないと言っていた勝己であるが、ちょっとした休憩時間に弄ってはメッセージを入れてくれている。一方の私はあまり急に予定が変わることがないので、前日までに直接口頭で伝えることが多い。
二週間前から勝己は出張へ出向いていた。詳細な内容は知らないが、勝己談だとチームアップでデカいヤマを殺る、らしい。勝己が敵顔負けの表情で、デクとショートもいる事について愚痴っていたので相当大きな案件なのだろう。そんなに沢山の戦力が必要だなんて。
本来であれば、数日後に戻って来る予定だったが上手くいったみたいだ。それにこうメッセージが来るということは、無事ということでもあり、本当に何よりである。
何よりなのだが――私は今、とてつもなく焦っている。どれだけ焦っているかというと、もう血の気が引いて冷や汗をかき、スマホをタップする指が小刻みに震える程焦っているのだ。挙動不審であろう私へ、同僚は訝しげな眼差しを向けているみたいだがそんなことは気にしていられない。
なんてったって、今日、飲み会であることを伝え忘れたのだから。
勝己が家を空けてから急に忘年会の日程が決まったせいで直接伝えることが叶わなかった。元々勝己は出張で家に帰ってこない日であったし、それなら伝えなくてもいいかなぁとか思いつつ、勝己が家にいない場合でも飲み会等の連絡はしないと多分彼はキレるので一応一報入れようとは考えていたのだ。しかし、師走の忙しさに忙殺されて忘れていたのが現状。
いや、絶対、勝己に怒られる。
以前一度やらかしたことがある。その時は急に友人の家へと呼び出され、愚痴大会という名のサシでの宅飲みが開催されたのだ。
呼び出した本人である彼女は当時付き合っていた彼氏に浮気され、フラれて泣いていた。親友とも言えるべき一番の仲の友人の嗚咽混じりの声を電話越しに聞き、私は居ても立っても居られず帰路に着くのを辞めて彼女の家へとすぐさま向かったのだ。勝己に連絡を入れずに。
話は盛り上がるは盛り上がるはで、それはそれはお酒を飲むのも進み。泥酔しべろべろな状態で出た電話での、劈くような勝己の声が頭にガンガン効いたのを覚えている。
『おまえ今どこにいンだ!!』
「あれ、勝己ィ? えぇ〜とぉ、友達の家、かなぁ?」
『かなぁ〜? ってなんじゃ!! どンだけ酔っ払ってんだおまえはァ! つかはよそこの住所言え!』
「勝己、声大きすぎるんだけど、えぇと、住所は――」
「え、何何ぃ〜? 彼氏〜? ちょ〜怒ってない〜? ウケる〜!」
『アぁ!? 何だてめェ! 人の女に手ェ出したんはてめェか!?』
「ねぇ、アンタの彼氏、バチギレじゃ〜ん!」
混沌だった。その電話後、車を飛ばして来たのか勝己は通常かかるであろう半分の時間で家を訪問し、私を連れ去った。見送ってくれた親友は爆笑していた。元気になってくれたのなら嬉しいよ。
怒りを通り越して拗ねていた勝己は途轍もなく可愛かったが、大変だったのだ、色々と。
この事件のせいで私の親友は、爆豪勝己――大爆殺神ダイナマイト――が私の彼氏であるという事実を知る唯一の友人となったのだ。
何故、親友である彼女にも言ってなかったかは、これにも訳がある。
勝己と同棲を始めてから数ヶ月後、早速文春砲を受けたのだ。撮られただろうその日は、勝己は変装といった変装をしていなかった。私の顔はモザイク処理をされていたが、買い物をする勝己と私の姿、それがばっちり写真に写っていた。見出しには"若手人気ヒーローダイナマイト、一般人女性と熱愛!?"との文字。
本人のキャラからして人気もあればアンチも多い勝己のその話は、世間に大激震をもたらした。地上波もネットニュースもその話題一色であった。
私もその時はまだ、いつかはバレることだしなと呑気な考えを持っていた。
だがそれが覆されたのはその文春砲を受けて二日目のこと。自分から名乗ることはないが、バレたらバレたでしょうがないか、とかぼけっと思いながら、家へと帰る為に街中を歩いていた時だ。チェーン店のカフェの前を通り過ぎた際、テラス席で話していた女子高校生達の言葉がふと耳に入り、そしてそのまま胸へとばっつり突き刺さり、嫌な汗を流させたのだ。
「てかダイナマイトの熱愛やばくない? ふつーにショックなんだけど。言動はえげつないけどカッコよくて好きだったのに!」
「いや彼女とか認めないから! 絶対許せない! 無理! 同担拒否!」
「あー、あんたガチ恋だったもんねー」
「本当無理! 恨む! 呪う!」
フラペチーノを潰す勢いの女子高校生に、私は恐怖したのだ。バレたら殺されるんじゃ、と。思わず顔を隠しながら早足でその場から逃げ去った。
帰ってから勝己に懇願したのは言うまでもない。絶対私のことバラさないで、と。不満気な表情だったが、折れない私に最終的には「わーったよ」と譲歩してくれた。
「勝己大好き!」
「安い大好きだな」
ぎゅっと私から抱き付けば、悪態を吐きながらも抱きとめてくれる。そんなこと言って、普段私から甘えることが少ないから嬉しいんでしょ。可愛いねぇとニヨニヨ見上げていたら、真顔でアイアンクローをされた。
次の日、勝己はインタビューを受けるらしい。それを報告してくれた時の勝己の顔は、ウゼェという言葉を全面的に醸し出していた。朝玄関で絶対にバラさないでと念を押し、頑張ってと応援をしながら彼を見送った私は、安心した面持ちで業務へとついていたのだが。
『――ダイナマイトさん! 一般人女性との熱愛が話題ですが、そちらは本当なのでしょうか!?』
『否定はしねェ』
「うぇ!? げほっ」
同僚とランチを食べながら、備え付けのテレビを見ていたら勝己の爆弾発言に思わず反応してしまった。気管に入ったご飯に咳き込みながら、問題のテレビの画面を見つめる。
まさか、まさか勝己、そんなことは――
『けどゼッテー詮索すんな。したら殺す』
『――はい、とのことで、』
勝己、大好きだ、勝己、ありがとう。
これで私は平穏に生きれる。確かに私はバレたくないとは言ったものの、否定するなとは言ってないもんね。
涙目になりながらテレビを見つめる私を、同僚はダイナマイトガチ恋勢だと思ったらしい。後程宥められて知ったどうしようもない誤解に、私は苦笑いするしかなかった。
閑話休題。
もうすぐ忘年会会場である居酒屋に着く。足を動かし、頭をうんうん唸らせながら、最終的には何とかなれ! と送信ボタンを押した。
『了解! あと伝えるの忘れてたんだけど、今日職場の忘年会だから私も帰るの遅くなりそう〜!』
『許してのスタンプ』
可愛いうさちゃんが赦しを請うスタンプのお陰で、何とかならないかな。勝己はもう飛行機に乗ったのだろう。既読はすぐにつかなかった。スマホをアウターのポケットへ入れて、他の人の背に連れて店へと入ったのだった。
*
二時間半のコースも終盤へと迫り、皆の酔いも高まって来た頃。アウターのポケットから取り出して、自身の左側へ置いておいたスマホのバイブレーションが先ほどから止むことがない。
少し前に私の右隣へと座った他部署の男の先輩の話が長く、中々スマホを見れずにいた。この時間帯で、このしつこさ。絶対勝己からなのに。この先輩、いつも通り過ぎるだけでも中々話し込んでくるから少し面倒である。
「ねぇめっちゃ電話来てない?」
「わぁ、本当だ! すみません〜! 私、少し抜けますね〜!」
左隣に座っていた、同部署の女の先輩のナイスアシストによって抜け出せたのだった。個室から出る際、女の先輩に頭を下げれば良い笑顔でウインクを返される。本当にあの先輩にはいつも助けられて頭が上がらない。
騒がしい店内から抜け、外へと出ると、またかかってきた電話に応答する。アウターを店内に忘れてきたから寒いがしょうがない。
『おめェ〜電話出んの遅いわ今どこだ!』
「ごめんね、まだお店〜、そろそろお開きになると思う」
本当に、連絡するの忘れててごめんね。ぽつりと呟く。勝己は心配をしてくれているのに。こんなに愛されているというのに。約束したのに、守れなくて、ごめん。今になってじわじわと涙が滲んでくる。泣く権利なんて無いのに。
勝己は大きくため息を吐いた。
『迎えに行くから店教えろ』
「千代田区の――ってお店」
『わかった』
後ろの扉が開ける音が聞こえた。
「ねぇまだ電話してるの? 寒くない? 中戻ろうよ」
他部署の先輩である。寒いのは事実だが、今は話しかけないで欲しかった。げ、と顔が歪んでしまうのは仕方がない。急いで電話を切ろうとしたが間に合わず。
『ァ? おい誰だァ話しかけたクソ野郎はァ!?』
「あー、先輩、もうすぐ戻るので! 先入ってて下さい!」
『オイ! 十分でそっち行くからな! 準備しとけや!』
「え〜? 電話してんの彼氏? なんかモラハラ臭しない?」
「しません! 勝己は後でね!」
凄い失礼なんですけどこの人。先輩を殴りそうになる己の拳を押さえつつ、勝己との電話を切る。
勝己は確かに言動はフォロー出来ないことが多いけども、ちゃんと塩梅を考えて行動するし、感情豊かで可愛いし、わかりにくいかも知れないが優しさはあるし、みみっちぃけども絶対に自分の芯は曲げない良い男なのに。
へらへらしながらまた私の隣へと座るこの先輩、もの凄くムカつく。この先輩の話つまらないし、毎回呼び止めないで欲しいし、今も上司を巻き込み始めて私を帰らせないようにしているのをやめて欲しい。
勝己が十分で着くと言ったので、途中で抜け出す準備をしたいのに。店の中ではなくて、外で会いたいのだ。
しかし、羽田から千代田区って車でも二十分はかかるのに、どうやって勝己は十分で来るのだろう。
いや――まさかね。思いついた考えはありえないと放った。抜け出したい私対、絶対に帰らせない先輩の戦いをしていればあっという間に十分経っている。
あぁ、勝己来ちゃうのに、どうしよう。
外から段々大きくなる爆発音がする。
「おい、俺の女に手ェ出してンのは、てめェかァ!?」
個室の引き戸を大きく開けて、現れたのは勝己だった。私服の姿で、修羅のような表情で、手からは小さな爆発が漏れ出ている。どうやらありえないと放棄した方法で来たみたいだ。私服姿のまま、爆破で飛んで来るなんて。
無駄に絡んでくる隣の先輩へ勝己は鋭い眼光を向けた。職場の忘年会である為様々な年代の人がおり、そして大人数であるのだが、臆せず勝己は空間へと乗り込むと、私の方へとずんずん進む。
隣に居た先輩の胸ぐらを掴んだ。
「失せろ」
「……ヒィ!」
掴まれた胸ぐらを離された先輩は、青い顔で後退り、私たちから距離を取っていった。勝己は私の荷物と掛けていたアウターを取り、空いている片手で私の手を引っ張る。
「帰ンぞ」
「うん。すみません、お先に失礼します」
空気が凍っている会場に申し訳ない気持ちになりながらも、勝己が手を引く為頭を下げて後にする。ぎゅっと恋人繋ぎされた手は店の外へ出ると一旦離され、素早い動きでアウターを着させられた。
「勝己、連絡忘れてごめんね」
「それはもう聞いたわ」
「そうだね。迎えに来てくれてありがとう」
「当然だろ」
「嬉しいよ、ありがとうねいつも。ねぇ、勝己、キャリーは?」
「出久が持って来る」
「嘘でしょ……」
「誰がこんな嘘つくか」
嫌なものでも食べたかのような表情で勝己は鼻で笑った。そんな役回りを押し付けてしまって、出久さん――私はデクさんと呼んでいる――に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。また今度お礼しなきゃと考えていれば、店の前にワゴンタクシーが止まる。
「かっちゃん! 突然飛び出して行ったかと思えば……キャリー忘れてるよ!」
「忘れたンじゃなくて、持って来させたんじゃ、ボケ」
「えぇ、そうなの……僕を便利屋扱いしないでね」
「どーだかな」
大きなスーツケースを、デクさんはフルフラットにした後部座席から取り出すと勝己に渡す。運転手の方がデクさんに手伝わせてしまって申し訳ないと頭を下げ、デクさんもデクさんでいえいえそんなと頭を下げるもんであるから、何だか異様な光景になっている。
「そうだ、二人も乗る? 通り道にあるもんね、二人の家」
「何で知ってんだよ」
それなら荷物下ろさなくて良かったな、と呟くデクさん。引いた顔をしている勝己は多分デクさんと物理的に距離を取りたいのだろうが、隣に居る私が微動だにしないものだから、動こうにも動けないみたいだ。その場に留まって、しかし、顔は全力で距離を取ろうと反らすものだから面白くて笑ってしまう。久々に見たな、このやり取り。
諦めたのか普通の体勢に戻った勝己は、私の荷物をスーツケースの上に置いて持ち手を伸ばすと、もう片方の手で私の手を握った。
「いや、いい。このままこいつと帰る」
「そう? なら良いけど……」
「さっさと帰って寝ンだな」
「うん、そうするよ。おやすみ、二人とも」
車内に戻ったデクさんは私たちに手を振ると、タクシーは走り去っていった。
二人でタクシーの姿が消え去るまで見送ると、何気なしに目を合わせ、それから駅へと歩き出す。勝己の淡い金髪が夜の闇に映えている。通り過ぎる人々から「あ、ダイナマイトだ」とか「熱愛ってマジだったんだ」と聞こえてきた。
「もうバレてもいーだろ。何がそんなにヤだったんだよ」
「刺客に怯えて……」
「何言ってンだおまえ」
呆れた表情の勝己。私にとっては一大事だと言うのに。
「仮にそんな奴居たとしても、俺が居るからおまえがやられる訳ねーだろ」
「確かに!」
失念していた。巷で話題のヒーローが彼氏だと言うのに、怯える必要は無かったのだ。いつも勝己に守られているのにも関わらず、私は何をしてたんだろう。可愛い顔して呪詛を撒いていた、あの女子高校生が衝撃的過ぎたのだ。
何であんな一般人が彼女なんだとは言われるかも知れないが、そんな一般女を勝己は好きなんだからしょうがないもんね。
「職場にもさっきの件でバレてんだから、そもそもどうしようも出来ねェしな」
「……確かに!」
強烈なインパクトを与えて忘年会を一足早く抜けてきてしまったのだ。あれは誤魔化そうにも出来ない。絶対何やら言われるだろう。とりあえず出勤したら謝罪しなければ。
「……だから、もう公表していいだろ」
「え、私の名前を?」
「そうに決まってンだろ」
「え、要らなくない? 一般人だよ? モブだよ?」
「いるわ!!」
次の日の昼、また勝己がインタビューを受けていた。インタビュアーに問われているのは昨日のこと。全てを肯定する勝己に、どよめく観衆。ずっと顰めっ面の勝己だったが、私のフルネームを言い放って一呼吸置くと、また目を剥くような発言を産み落としたのだ。
『――結婚前提に付き合ってる。こいつに手ェ出した奴は、全員殺すぞ』
ビッと親指で首を掻っ切る動作をした。社員食堂にいる人々の視線を一斉に受けている気がする。朝から揶揄ってきていた同僚も、目をまんまるくさせた後、ヒュウと口笛を吹く。
「ダイナマイトと付き合ってたのも驚いたけど。ゆくゆくは結婚するんだ?」
「え、いや、うん。そうなのかも?」
「あれ? どういうこと?」
「そう言う話はまだしたことなかったから……」
勝己、考えてくれていたんだ。じんわりと嬉しさが生まれ、胸がきゅうっと苦しくなる。
連絡先を交換している知り合いからのメッセージの通知が止まらないし、未だに突き刺す視線の数は減らなかった。
ねぇ、勝己。プロポーズ、期待しても良いの? ニヨニヨと緩む口角は留まることを知らず。帰ったらいの一番に伝えようと決めた。愛してるよ、ずっと一緒に居てって。