まだ付き合ってはない

※「そんなの意識しちゃうじゃん」の続き

 轟からクラス皆の前で公開告白を受けた後。教室中から突き刺さる視線と絶叫が木霊した。
「ただでさえチョコ貰えなかったから傷ついてんのに、甘酸っぱい雰囲気醸し出してんじゃねーぞ、オイ! リア充めが!」
「待って、カップル爆誕!? 付き合うの!?」
「イケメンのやることは違うな〜」
「ミョウジ顔面隠したまま気絶してない?」
「おいてめェら休み時間くらい静かにしろや!!」
「君が一番煩いぞ!」
 正直キャパオーバーだ。何だか皆が騒いでるみたいだが、その騒めきは頭の隅っこに遠く、bgmのように聞こえる。
 詰めていた息を吐き出し、顔を覆う手の指を開いて隙間から座っている轟を見る。轟は私をずっと見ていたらしく、すぐさま目が合った。少し眉尻が下がっている。
「困らせたよな、悪ぃ」
「ほんとだよ……」
「一つ言っておきたいことがある。付き合うとかそう言うやつは俺、よくわかんねぇ。正直今は敵との交戦が活発化しているし、そういうことあんま考えらんねぇと思う。俺も、ミョウジも、皆も」
 轟の言葉に煩かった教室が静かになる。確かに、今はインターンと学業の両立に皆必死だ。恋愛のことを考えている暇はない。
「返事は求めてねぇ。知っていて欲しかったから言った、本当に自己満なんだ。ごめんな。だから、これからもなんて言うか……今まで通り普通に接して欲しい」
「……わかった」
 難しいことを要求してくるなという気持ちは確かにあるが、轟の言ってることもわからなくもない。友達として接する分には全然可能だ。そうならばと顔を覆っていた手を放して、にっこりと笑って見せる。まだちょっと顔に熱さは残ってるけども。轟もつられてだろうか。口角を少し上げている。
 しかし、すぐにハッとしたように目を開き、恐々といった風に口を開いた。
「ミョウジ顔が赤いけど、熱があるんじゃねぇか? 冷やすか?」
 そう言って立ち上がり、右手で私の頬を触れるものだから。どよめく教室に、黄色い悲鳴。轟の右手から離れようと少し仰反るが、それは追ってくる。
「熱はないから!」
「そうなんか? じゃあ、なんで、」
「恥ずかしいだけ!」
「あぁ、なるほど。照れたのか。可愛いな」
 何なんだこの人は。さらっと言われたその言葉に頭が沸騰しそうになる。見上げたところにある轟の顔なんて見れなくて、ぎゅっと目を瞑る。右手は最後に私の髪を軽く触れると、離れていった。
 イケメンに好きだと言われて、こんな優しく触れられて、ときめかない人なんているのだろうか。本当に頭がおかしくなりそうだ。
 周りにいる人達も絶叫してないで、もう誰でも良いから助けて欲しい。呪詛吐いてる峰田でも良いから。その騒動は、次の授業の先生が入って来たことによって収まったのだった。
 それ以降というものの。そもそも、インターンシップ中は事務所が違うので轟と顔を合わせることはない。週に何回かある登校日も、話すことと言えばやはりインターンの内容か、授業のこと。轟の方から話しかけてくる頻度が少し増えたような気もするが、そんなもんだ。前とほぼ変わらない。
 いや、一つ変わったことがあるかも知れない。溢れ出てしまったかのように、ぽろっとそれはもう自然に可愛いなとかなんか色々と言ってくるのだ。何とか普通に返しているつもりだが、心臓の鼓動はどんどこと鳴ってしまう。当の本人はどうかしたかとでも言いたげな表情で見てくるものだから、もう本当に無理過ぎる。私を頻脈にするつもりなのかもしれないあいつは。心臓に悪いわ。
 轟と話している時の周りの生暖かい視線も少し気になる。見せ物じゃないのよ。見てないで助けてよ。
 そんな怒涛の毎日を過ごしていれば、あっという間に一ヶ月程度過ぎていた。季節は春。数日ぶりの登校日は丁度ホワイトデーだった。
 一日前である昨日、寮で轟と顔を合わせた際。特に何も言われず世間話しかしなかったことにとても拍子抜けした。
 え、明日ホワイトデーだけど? インターン疲れただろうし、明日も早いからって話も早々にさっさと解散させられたけど? あ、サプライズだよってこと? 私が自意識過剰なだけ?
 正直なところ、轟がホワイトデーというイベントを知らない説もあるのが怖い。私だけが期待しているかのようなそんな状況に小恥ずかしさと悔しさが積もる。
 バレンタインの時あんなこと言われて、その後もアピールされ続けてたら何かアクションあるかなって思うじゃん。でも素振り全く見せないじゃん。あれ、私がおかしいの?
 インターン中もふとした時に轟何してんのかなとか考えるようになってしまったのに。その気にさせたのは轟の所為なのに。私ばかり意識してるみたいじゃないか。本当罪過ぎる。
 ホワイトデー当日。轟の方から特に何も無く、なんと七時間目まで終わってしまった。もう後は寮に帰るだけである。珍しいことに、一回も轟と話していない。変な態度を取ってしまいそうで私からも話しかけられなかったのだ。ずっと気にしてそわそわしていたのが馬鹿みたいだ。
 一つため息を吐いて席を立つ。帰ろうかと思ったが、先週借りた本を図書館に返さなければならない。荷物はそのままに本だけを持ち、とりあえず返却しに行こうと教室の扉へと足を向ける。その際に轟の机の近くを通ったのだが、当の本人はぼうっとしたような表情で微動だにせず座っていた。
 えぇ、私のこと見もしなかったんだけど。扉に手をかけてもう一度振り返って轟の方を見るが、その光景は変わらない。
 あんな表情見せるのも珍しいような気もするから、轟まさか風邪でも引いてるんじゃないかな。いや、元から結構ぽやっとしてる奴だけども。
 そんなことを悶々と考えながら、私は図書館へと向かったのだ。

*

 無事に本を返却して図書館を後にした。ついでにとサポート科へ寄り、ヒーロースーツのメンテナンス等を頼んでいたら思ったよりも教室へ戻るのが遅くなってしまった。
 もう誰も居なそうだなと、私の荷物だけが机に置いてあるそんな光景を思い描きながら扉を勢いよく開けた。
 私の目に飛び込んで来たのは、姿勢良く座って窓を見つめている紅白頭の後頭部――轟の姿だった。
 扉の音に反応して、轟はこちらを向く。切れ長の目が少し丸くなり、驚いた猫みたいな表情をする。
「遅かったな」
 轟は表情を緩めた。
「……もしかして、私のこと待ってた?」
「おう」
 轟はゆっくりと席を立った。返された相槌に私の胸の奥がじんじんと疼くような感じがする。
 待ってたって、なんで? てか、轟ホワイトデーのこと覚えてたの? なら、今日一日話してこなかったのは何で?
 色々と聞きたいこともあるが、ぐっと飲み込んで微妙な笑顔を保つ。轟は自分の荷物と私の荷物も取ってくると、そのままこちらへと寄って来た。
「ほら荷物」
「ありがとう」
 渡されたスクールバッグを肩にかける。
「寮まで一緒に帰らないか?」
「その為に私のこと待ってたの?」
「まぁ。嫌だったか?」
「嫌じゃないよ。てか待たせてごめん。帰ろう」
「あぁ」
 轟は小さく頷いて目を細める。何その表情、すごく嬉しそうじゃん。ぎゅうと胸を掴まれたような感覚に陥る。やめて欲しい、おかしくなりそうだ。
 隣で歩く轟に私の心臓が酷く鳴っていることが聞こえないか心配だ。当たり障りのない世間話をしながら学校を出た。
 轟は本当に一緒に帰りたかっただけなのかな。それもまぁ嬉しいことだけど。寮までの道を歩きながら、頭一個分程離れた位置にある轟の顔を見上げる。
 ぱちりと目が合ったかと思えば、一緒に歩いていた轟の足が止まった。
「轟? どうしたの?」
「……今日はホワイトデーだろ」
「知ってたんだ!?」
 まさか今この話題が来ると思わなくてリアクションが大きくなってしまった。
「ちょっと前に教えて貰った」
「そうなの? 誰に?」
「緑谷」
 緑谷が教えてなければ轟は知らなかったという事実に驚愕する。緑谷ナイス過ぎる。何かお礼しよう今度。
 轟は難し気な顔ををしている。
「あんまり用意する時間無かったから……悪ぃ。いつものお裾分けと同じ程度のものしかなくて」
「え、いいよいいよ全然。貰えるだけ嬉しいし」
 轟が鞄から取り出したのは老舗の和菓子店の紙袋。私が甘い物、特に和菓子が好きだと知られてから、沢山あるからと時々お裾分けをされている。今回の物は羊羹らしい。
 ホワイトデーのお返しだという意識の元、貰った物だから嬉しさが数倍である。ニヤつきながら貰ったその紙袋を見つめていたのだが、視界に入った轟の表情は未だに険しいままだ。
「どしたの?」
「……ほら、ホワイトデーってなんか特別な物渡すんだろ?」
「まぁそうかもだけど。でも私は轟がホワイトデーのお返しだってくれた物は何でも嬉しいけどね」
「そうなのか? ……いや、でもな」
 轟は黙ってしまった。何か悩んでいるようだ。別に全然良いのに。昨日の夜から先程までモヤモヤと培っていた気持ちがもうこの一瞬で晴れたんだけどな。
「だから、何か俺が特別に出来ることはねぇかなって今日ずっと考えてたんだ」
「そうなの?」
 だから心ここに在らずって感じだったのか。思わぬ答え合わせに軽く笑ってしまう。
「笑うなよ」
「いや、馬鹿にした訳じゃないから。何か可愛いなって思って」
「ん、可愛いのはミョウジの方だろ」
 紙袋を掴んでいた手を離してしまい、ぼとりと地面に落ちた。轟がしゃがんで拾ってくれたが、私は今、それどころじゃない!
「ミョウジ落ちたぞ。って、どうした? 顔の前で腕をクロスして」
「あのあのあの、それ、やめてくれない!? 死んじゃうから!」
「死ぬ!?」
 動揺したらしい轟に、本気の声と共に腕を掴まれて大きく開かれた。熱が上がってる顔が丸見えなんですけど、ねぇ。手首掴まれたら、その血管から脈拍分かっちゃうんですけど、ねぇ!
「おいミョウジ顔赤いし脈早いし本当に心臓に何か」
「死なない! 心臓元気! 言葉の綾!」
「そうなのか? 質の悪い冗談はやめてくれ」
「ごめん、ごめんて。だから離して!」
 必死の説得の元、轟は渋々離してくれた。体が沸騰したように熱い、心臓の音が煩い。こんな風に毎回突然爆弾を投げてくるんだから、意識しないって方が難しい。早く冷めろと両手を振って顔に風を送る。気休めだけど。
「ミョウジ、これ」
「あ、ごめん! 動揺して落としちゃった」
 ずいと差し出された紙袋を受け取る。特に潰れてたりもしてなさそうで良かった。ほっと肩の力が抜ける。
「あのさ轟。こう、突然爆弾発言を投げてくるのやめて欲しい」
「爆弾発言?」
「えっと。ほら、可愛いとか、そういうとこ好きだ、とかさ……」
 自分で言ってて凄く恥ずかしい。声が尻すぼみに小さくなる。
「事実を言ってるだけだ」
 涼しい顔をしてさらりと言い退けた轟。
「だからそういうとこが、私ドキドキしておかしくなりそうなの!」
「ドキドキ……ミョウジもしや俺のこと意識してるのか?」
「するでしょ!」
 こんだけされてしない人なんているのか。何を言ってるのだと、上に位置する轟の顔を睨みつける。
 轟は目線を右往左往させると、私と目線を外したまま右手の甲を口元に寄せて隠した。顔は赤いし、口元を手で隠していても、私からの視点だと緩みそうになっているのを必死に耐えてる動きをしてるのが丸見えだ。
 ――この人、滅茶苦茶照れてるし喜んでる。
 私もつられてニヤけそうになるが、必死に口を一文字に結んで耐える。数十秒程どちらも黙り込んでいたのだが、落ち着いたのか轟が右手を下ろして私と視線を合わせてきた。
 その時ひんやりとした空気を感じた気がするのだが。まさか轟、右手をクールダウンに使ったのではないか。物理的に照れを抑えるなんて、まさかね。
「ミョウジ。俺のこと、どう思ってる?」
「どうって……前は友達としか」
「今は?」
「……気になっている」
 ちょろいと思われようが、気になってしまうようになったのは事実なんだから仕方がないのだ。
「そうか」
「うん」
「……両想いってことか?」
「……そうかも」
 認めてしまうと案外素直になれる。轟のことを考えてしまうのは、好きになりかけてるからだと。
 微笑みを浮かべながら見てくる轟に耐えきれなくなって、顔の目の前に紙袋を掲げる。私を見る目が明らかに優しい。そんな顔で見ないで下さい。
 ひょいと紙袋を取られたかと思えば、右手を取られてそのまま恋人繋ぎをされた。
 ぎょっとして轟を見上げるが、当の本人は何か問題あるかとでも言いたげな表情で見下ろしてくる。
「轟、これ」
「両想いだろ? 嫌だったか?」
「嫌じゃないけど……」
 その聞き方はずるい。嫌な訳ないのに。突然過ぎて驚いたし、手汗とか大丈夫かなって非常に心配だ。なんだか繋いでる轟の左手も凄く熱い気がするんだけど、この人個性暴走してないか。
 随分とこの場に留まってしまった。繋いだ手はそのままに、二人で歩き始める。
「ホワイトデーの件だが」
「え、ん? その話?」
「外出許可が気軽に取れるようになったら一緒にどこかへ行かないか。その時に欲しいものを教えてくれ」
「わかった」
 これはもしやデートのお誘いでは。いつになるかわからないが、その日に思いを馳せた。
 轟とデートなんて、どんなところに行くんだろう。想像がつかない。そんな考えもいつの間にか声に出てたみたいで、轟の歩みが止まる。
「俺もそういうことについて詳しくねぇから行くまでに色々調べておくつもりだ。けど、あんま自信はねぇから……楽しませてやれなかったらごめん」
 少ししょんもりとしたような雰囲気で、私を見つめながら謝ってくる轟。こんな体格も私より大きいし、いかにもクール系イケメンな外見だというのに。健気で可愛い事を言ってくるものだから、心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥り思わず喉奥から変な音が鳴る。
 なんなんだ轟焦凍。魔性が過ぎるぞ轟焦凍。こんなに私をたらし込んで、どうしようと言うんだ。私がどうにかなってしまう前に逃げたい。逃げないと、どんどん彼にハマってしまって抜け出せなくなる。そんな気がする。
「どこに行くんだ? そっちは寮じゃないぞ」
 繋いでいた手が痛くない程度に強く握られる。
 だめだ、逃げられない。

back | Meow.