はじめての誕生日 前編



※連載夢主だけど読んでいなくても大丈夫だと思います。
※夏の愛が重いです。


 その日、夏油傑は非常に機嫌が悪かった。その原因は二週間近く前まで遡る。

 ある日の放課後、名前と出かけようかと思い声をかけた。

『この後?ごめん、ちょっと用事あるの』

 何の用か聞く間もなく名前は去っていった。断られた。少ない同級生、寮生活。ほとんど四六時中一緒にいると言っても過言ではないのだが、それでも傑としてはトイレに行くとき以外は一緒に居たいくらいなのに(傑はトイレも一緒でも構わない)、その日を境に彼女は放課後にいつも用事があると言って一緒に居てくれなくなった。夕飯を済ませて夜になっても何かすることがあると言い、あまり相手をしてくれない。そんな状態が二週間近くも続けば流石に寂しさを通り越し、傑は苛立ちを覚えるようになった。

「今日もほったらかされ傑くん?」
「……面で話そうか、悟…」
「ブッハ…やばっ!お前顔死んでんじゃん」

 傑はこの上ない絶望の真っ只中にいるというのに彼は慰めるどころか揶揄ってくる始末だ。苛ついたものの、もはやその怒りをぶつける気力もない。傑はずっと心に認めていたある疑惑をつい口に出してしまう。

「浮気だろうか…」

 口に出してみると結構きついかった。今まで付き合ってきたことは何回かあるが、浮気をされたことはない。もちろん傑自身もしない。名前がそんな器用な人間には見えないが、これだけ放っておかれては疑うなと言う方がおかしいだろう。
 何故か半笑いの悟を他所に同性の硝子に最近の名前が何か言っていなかったか、と確認してみた。

「さあ。アイツが浮気するような奴には見えないけど………」

 突然言葉に詰まった硝子に「けど?」と尋ね返す。そんなところで止められたら嫌な予感しかしない。

「アッチの方のことならちょっと」
「ん!?」
「何何、めっちゃ知りたい」

 アッチと言われて分からないほど純粋ではない。興味津々な悟に聞かれるのは少々嫌だが、今はそれよりも硝子の言葉の続きが気になる方が勝った。
 硝子は煙草を咥え、ふうっと紫煙を吐くと、少しニヤリとしながら傑を見る。

「優しすぎるみたい」

 傑はその言葉に名前との情事の数々を思い返す。優しいことの何が悪いのだろうか。そして彼女はそれが不満だから、最近自分に構ってくれないのか。本当にそうなのか。まさか自分じゃ物足りないから、他の男と遊び回って―――。

「そうか、ありがとう」

 暴走した傑の思考が手にとるように分かった悟と硝子は、さっきまで死んだような顔をしていた傑が急に胡散臭い笑顔を作り出したので、去っていく彼の背中を見ながら「逆効果だったんじゃね?」「知らん。めんどくせー男」と言葉を交わしていた。


* *


 翌二月三日、午前0時。この日は節分の日であり、そして夏油傑の誕生日である。

 昨日悟と硝子との会話でコテンパンにされた傑だったが、実は0時丁度に名前が部屋に訪れた。

「こんな時間に何の用?」

 あからさまに低い声、いつもよりきつい物言い、そして険しい表情に名前は「何で怒ってんの?」と尋ねる。

「別に」
「怒ってんじゃん」

 よく分からない恋人の傑に少しの疑問を抱きながらも「寒いから部屋入れて」と彼の腕の下を潜る。
 しかし傑も昼間の一件もあり完全に拗ねてしまっているので「私もう寝るから今日は部屋に戻ってくれるか」と淡々と述べた。本当は久しぶりに部屋に来てくれて嬉しい気持ちでいっぱいなのに、いじけてしまった心がなかなかそう素直にさせてはくれなかった。

「そうなの?じゃあやっぱ明日にしようかな」
「……何を?」

 そうして名前はずっとコソコソと隠し持っていたものを全面に押し出した。彼女はハイブランドのロゴが入った紙袋を傑に見せつけた。

「それ…」

 もしかして、とある予想が傑の頭をよぎる。今日が何月何日かを考えたとき、その予想がだんだんを確かなものになる感覚を覚えた。

「本当は当日の放課後に飾り付けとかしてお祝いしたかったんだけど、硝子と五条から傑がめちゃくちゃ拗ねてるって聞いたもんだからさ」

 名前は更にその紙袋を傑に渡すように押し出した。傑はそれを恐る恐る受け取る。今日までの間や浮気を疑ってしまった自分が受け取ってもいいのだろうか、という迷いもあった。

「ごめんね、わたし彼氏の誕生日ちゃんとお祝いするのとか初めてでさ。何したらいいんだろ、って雑誌とか読みまくったり、プレゼントも色々お店に行ってみたりってしてたら、最近傑とちゃんと話せてなかったなって」
「……いや、私は…」
「寂しい思いさせてごめんね」

 そう言う名前を思わず抱き締めていた傑は心の底から「ありがとう」と紡ぐ。その声が少し上ずっていたのが分かると名前はこの上ない幸せを感じた。

「ちょ、ちょっと苦しい。痛い、折れる」
「やだ、離さない」
「そんな言葉だけかわいく言ったってパワーゴリラなんだから手加減してよ」
「やだ」

 ずっとこうしたかったんだ、と名前を包み込むように抱き締める傑に、これはだいぶ拗らせてたんだな、と自身も反省した。

「もう寝るんじゃなかったの?」
「意地悪言うなよ。朝までここにいていいよ」

 かれこれ数分はずっと抱き締められたままの状況が続いている。おかしくて笑いながら「そのつもりだけど」と名前が返すと傑は急に名前を引き剥がしてまじまじと彼女を見下ろした。

「何?」
「……いや、その…それは据え膳…」

 愛しい恋人と見下ろして話していた傑は、そう言いながらあることに気付く。冬仕様の暖かそうな白いニットのルームウェアに身を包んだ名前の襟元からなにかが見えていた。
 傑が上から見ていたために、少しゆとりのあるルームウェアの襟から胸元が見えてしまったのだ。

「傑?」

 そして名前が更に傑を覗き込むように前屈みになったので、より一層胸元のあるものが見えてしまった。

「名前、それは何だい」
「それ? ……それってどれ?」

 何のことか分かっていない名前に傑は「その派手な下着だよ」と言う。名前は慌ててパックリと胸元が晒されていた襟を手で抑えるが、時すでに遅し。

「可愛いかったからもう一度よく見せてくれるかい?」

 二月三日、節分の日。夏油傑の誕生日。
 夜はまだまだこれからである。

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