東方仗助は出会っていた 昼下がり、とあるカフェにて。
柄にもなく文庫本を開いていたのは東方仗助だった。今年の4月に高校に入学する少年だ。柄にもなくと言ったのは、彼の本来の趣味がゲームであるからだ。彼は必死に活字を追いかけていたが、実際ところその内容はあまり頭に入ってはいなかった。その意識はどうやら別にあるらしいのだ。
そんな彼の元に一人の少女がやってくる。小柄な彼女はまだ少し硬い表情で、トレーに乗せられたアイスコーヒーを溢さないよう必死に運んでいた。その少女が近づいてきたことを悟った仗助は、全く内容を理解していない文庫本から目を逸らし、その少女に目を向けた。どこからどう見ても優しそうなオーラを纏った彼女は、まだ周囲に愛想を振りまく余裕も無さそうにアイスコーヒーだけを見つめていた。その様子が仗助は面白かったらしい。文庫本をさっさと閉じてしまってテーブルに置いてしまう。もうすぐ手の届く距離になると彼女の「お待たせしました」の言葉を待たずに「もらうぜ」とヒョイッと掻っ攫ってしまう。
「すみません!ありがとうございます」
「なんかせっかちな客みたいでごめんッス」
「いえ!とんでもないです!」
「おお、めっちゃ元気」
「あ、すみません。声のボリューム間違えました」
「いいよいいよ。俺そういう元気あるの好きだから」
「! ありがとうございます!!」
彼女の名前は虹村百々子。このカフェに最近勤めだした今年高校生になる少女だった。この時点での二人の関係性は、仗助は彼女がここ最近働き始めたことくらいしか知らず、互いに名前までは把握していない。百々子が働き始めた初日に仗助がたまたま来店しており、その時から仗助は百々子のことを何となく意識している。ちなみに本人は全くそのつもりはないため、無意識のようだ。
では何故二人は普通の店員と客以上の会話をしているのかというと、ここ最近仗助が暇があればこのカフェに来てはコーヒーを注文しているため、初めてのアルバイトで緊張している百々子も仗助のことだけは把握していたからだ。他にも常連のお客というのはもちろんいるが、年が自分と近いということと何よりあの特徴的な髪型が百々子が仗助のことをしっかりと把握させる材料になっていた。
「それ、好きなんですか?」
「え、あ、あぁ、この本? ま、まあな…」
やっべえ全然内容理解してねえ、という本心を飲み込むように仗助はアイスコーヒーをゴクリと流し込んだ。
「おもしろいですよね。私も好きで何冊かシリーズ読んでるんです。ミステリーって難しいと思ってたんですけど、この作者のは読みやすいっていうか」
「ああ、それは分かる!確かになんかスラーッと文字読みやすいよな、うん」
仗助はとりあえず本を読むフリをしていて自分が感じ得た情報を必死に脳内からかき集めた。何となくで読んでいたために詳しい話の流れまでは把握しきれていないが、確かに文章が読みやすいと思ったのは事実だ。そして自宅にあった本を適当に掻っ攫ってきただけなので、本を揃えてくれていた自身の祖父に心の中で感謝していた。
「すみません、せっかくの読書タイムを邪魔してしまって」
「いや全然邪魔なんかじゃねえよ」
「ぜひゆっくり読んでいってくださいね」
百々子がそう言うのと同じタイミングで別の客が注文のために百々子を呼び止めた。百々子はすぐに仗助に向けていたのと同じ笑顔で別の客のもとに向かう。
「まあ、やっぱ誰にでもあんな感じだよな。仕事だもんな」
接客中の少女をこっそりと見つめながら一つため息を漏らした。どこかぎこちない接客は周りを笑顔にさせていた。愛嬌があるとはまさに彼女のような人間のことを言うのだろう。仗助はそれを感じずにはいられなかった。
この二人がちゃんと面識を持つのはもう少し先の話である。
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