気付くとアンネローゼは港にいた。緑あふれるこの場所はアンネローゼの故郷である。まん丸の島を真ん中とその外周を六等分にした街。全体で宝石の国。その北東に位置するのが緑の街だ。しばらくその場で立ち尽くしていると、親友のエメロードがニョキッと視界の中に飛び込んでくる。驚いて私は飛びのく。

「大丈夫ですか?上の空でしたけど」
「う、うん。大丈夫」
「そうなら良いんですけど…。やっぱり、アンネローゼは彼らと一緒に、海へ行きたかったのではないですか?」
「……うん。行きたい」
「でしたら、早くいかないと。もう積み荷を乗せ終えてしまいますわ」
「エメロード、私頑張るね」
「ええ、遠くからですけれど、応援していますわ」

 エメロードはそう言って笑ったくせに、ものすごくへたくそな笑みを向けてくるのだ。寂しいなら寂しいと言えばいいのに。バカだけどまっすぐで純粋で、大好きだ。エメロードの目じりから、涙が流れ落ちる。綺麗な緑色の目から零れ落ちたしずくは、きらきらと光る。エメロードはそれを強引に手でふき取る。
 涙をふき取った手を、そのままエメロードはアンネローゼの手のひらに押し付ける。この宝石の国の貴族たちは涙を流すと、その涙が宝石に変わる。エメロードはこの緑の街を治める貴族 グリーン家の令嬢なのだ。本来なら流した涙の宝石は全て王族に捧げなければならない。

「ばれませんから、私だと思って持って行ってください」
「でも…」
「良いんです。私が辛いときアンネローゼは助けてくれました。今度は私が助ける番なのに、行ってしまうから…。せめて…」
「うん、ありがとう。エメロードは私の一生の親友だよ」

 手の中に納まる宝石は、エメロードの流した涙、エメラルドの大粒だ。流れる途中でふき取ってしまったから、縦に長い。後で研磨とアクセサリーにすべく装飾をお願いしなければ。アンネローゼは手を大きく振って、エメロードと別れた。

「ん?アンネローゼ?どうかしたのか?」
「私も連れて行って!」

 さっきまで見ていたマルコより、少し若くみえる。そりゃあそうなんだけど、なんだか違和感。マルコは渋面を作っていたが、やがてオヤジに言ってこいと促してくれる。オヤジに会いに行くと、オヤジは私を見てグララララ!と笑う。大方予想していたのだろう。

「大切な人を守るために、力が欲しい。傍に居たい。だから、私を船に乗せてください!」

 これは、昔も言ったセリフだった。だけど、込められた意志はあの時とは違う。あの時はマルコの傍に居たかった。だけど、今は、私の想いなんてどうでもいい。強くなって、みんなを守りたい。あんな悪夢を視るのはこの世界で私だけでいい!!
 オヤジさんはあの時と同じ言葉を言って、私を娘にしてくれた。私を迎え入れる宴だと言って、コックたちが腕によりをかけてご馳走をたくさん作ってくれる。最後に見た葬式とは、まったく違う本来のみんなの姿に思わず涙がこぼれる。

「早速ホームシックか?」
「あんなに長い間静かに戦ってきたのに、あっという間に終わっちゃったんだもの。あっけなくて、寂しくて、なんだか悔しい」
「そりゃあ、俺ちゃ天下の白ひげ海賊団よ?」

 サッチが、生きてる。ちょっとエッチで、女好きで。しょっちゅうお金だまし取られたりネコババされたりぼったくられたりしてる、バカでドジだけどレディファーストな男。コックの腕も一流で、いつもおいしい料理で私を和ませてくれてた。サッチを、殺させない。守りたい。

「私も、今日から、白ひげ海賊団だもの」
「ハハハ、そうだったな。俺にこんな可愛い妹ができるたぁ、にーちゃん幸せだ」
「もう妹って言えるほど、可愛い年じゃないけどね」
「おいおい、そしたら俺がおっさんになっちまう。俺ぁまだにーちゃんでいてぇよ」
「わかったから、はいはい、サッチおにーちゃん」

 ゲへゲヘと下品な笑い方をしながら鼻の下を伸ばして、寄ってくるサッチは完全に酔っている。さすがに気持ち悪くなってぐいぐい押しているとマルコがやって来て引き離してくれる。そういえば涙は乾いていた。これが打算なのか天然なのか、アンネローゼには推し量れない。
 呆れながら介抱してあげるマルコに、マルコの好きそうな酒とサッチのための水を持って、その場に戻る。マルコに酒を差し出し、サッチにやや強引に水を飲ませる。マルコは気が利くよい、と上機嫌になって酒を煽る。サッチに水を追加で持って来ようとすると、マルコに止められる。

「放っといて平気だよい。ほら新人、酌してくれ」
「はい、マルコ隊長」
「なんかお前に言われると違和感がなぁ…」
「それじゃあ…マルコおにーちゃん?」

 マルコがブッと酒を吹き出して、アンネローゼを目を白黒させながら見る。そして、サッチに目を遣って、はぁーと重苦しいため息をつく。どうやらことの成り行きを悟ったらしい。いたずらっぽく笑うと、マルコが頭を抱えた。

「お前なぁ…わざとだろうよい」
「ふふふ、まあまあ、飲んで飲んで」
「オイ!…飲むけどよい」

 

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