ギリギリの衝動
(大好きな君への思いは、止まらないの)
会場に溢れる酷く盛大な歓声さえも耳に届かないくらい、今のあたしには余裕がなかった。未だ感覚の残る唇に手を当てようとも、きゅっと握られたしっかりとしている男の子の手を振り払うことは出来なくて、ただただ彼の名前を呼んだ。
『四季…っ』
ステージでキラキラと輝くHigh×Jokerのみんな。楽しそうに演奏する隼人くん、旬くん、夏来くん、春名くん。そして、全てを惹きつけるように歌う、四季くん。それら全部が言葉にならないくらいに感動して、あたしは涙を流した。曲が終わっても涙は止まってくれない。客席のみんなに話しかけているみんなの声が聞こえるけど耳に入って来なかった。他のスタッフの人たちにも心配されるけど、いつものことです、と泣きながら笑う。そんなやりとりをしているとHigh×Jokerのみんなが、四季くんがステージから戻ってきた。
「きぬかっち!」
『っ!し、四季く──』
虚しくも彼の名を呼ぶ声は途切れた。それは誰も予想し得なかったことが起こったからだ。優しく、だけど強引に二人の指が絡まる。そして四季くんの唇があたしの唇を塞いだ。火照った彼の唇と、泣いて冷たくなっていたあたしの唇が重なり合う。その温度差が意識を混濁させる。次いで帰ってきた他のメンバーや後ろで控えている他のユニット、スタッフの人たちまでもがなんとも言えない表情で驚いてこちらを見ているのが見えた。周知されてるとはいえ、この状況はいけない、だめだ。
『っ、んっ、し…ッ』
「…っ、きぬかっち…俺、今めちゃくちゃヤバイっす」
『は……ぅ、ッ』
唇から離れた四季くんの言葉と表情に思わずキュンとして何も言えなかった。一言でいうととても、色気がある。ずるい。あたしだって今すごく色んな感情がごちゃごちゃでどうしていいかわからないのに、四季くんのせいで溢れたものが止まらなくなった。
『四季くん好きぃ…っ』
「俺も好きっす…だから、四季って呼んで…きぬかちゃん」
『……ずるくない…?』
気付いたらみんな次のステージの準備をしていてあたしと四季くんは蚊帳の外。淡く綺麗なエメラルドの双眸に見つめられ、普段と違う呼び方でお願いされたら断れるはずもなく。絶対に逃してはくれない。逃がさない。そういうかのように手を握りしめる強さが増す。いつの間にこんなに強引になったんだろう。以前、いつまでも子供じゃないから、と宣戦布告されたことがあったが、実際ほんとうに年下とは思えないくらいに成長してると思う、色々と。人のことは言えないけれど、出会った時はまだまだ高校生だなぁ、なんて思っていたのに、気が付いたらあたしのことなんて追い抜いていて、今度はあたしが追いかける番。四季くんはアイドルだから、あたしなんて側にいるのも烏滸がましいけど、それでも胸を張って君の隣にいたい。いっぱいいっぱいになりながらあたしは、大好きな彼の名前を呼んだ。
『四季…っ』
太陽のような笑顔があたしを照らす。間を入れずにまたキスをされたけれど、あとでプロデューサーに怒られたりしないかしら。というか誰か止めなさいよ。仮にもアイドルなんだから。そんな心の叫びも虚しく、四季くんに溶けていった。
「きぬかっち!いってくるっす!」
『いってらっしゃい、四季くん!』
そして終幕間際、お客さんたちのアンコールで飛び出していく四季くんたちを見守りながらあたしはそっと触れた唇を指でなぞる。それを見たスタッフたちにからかわれながらも、あたしは最後の最後まで彼らから目が離せなかった。どんな時でもステージで輝きを放つアイドル。夢と希望と、幸せ、たくさんの思いを伝えるみんな。あたしもまた彼らに、彼に、その全てをもらっているから。アイドルたちの思いがファンのみんなに、これからファンになる人たち全員に、届きますように──
(子猫ちゃんアンド野郎どもーー!!今日はハイパー楽しんでもらえたかー!!?)
(あたし四季くんの子猫ちゃんになる…)
(絹香ちゃんはもう子猫ちゃんでしょ…)
(!?あたしもう子猫ちゃんだった!?)
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