melt
「じゃあ、乾杯」
まだ寝る気にならないと零したのは私、その言葉を待っていたかのようにお酒を揺らして誘ったのは彼。どちらからともなくグラスの音が重なり、長い夜の始まりを知らせる。
代わる代わるアルコールを煽って酔いと月が進む。
彼と過ごす時間はいつもあっという間で、開けたばかりのお酒はもう半分を下回っていた。
他愛もない話を繰り返して、ふと彼の手元に目が止まる。グラスをゆっくりと回す指先、独特な持ち方も見慣れて。今では他の持ち方に違和感を覚えるのだから、きっと重症だ。 目線を少し上げると、彼の鎖骨が顔を見せる。しっかりと浮き出たそれももう見慣れた。 更に目線を上げて、シャープな輪郭とすらっとした鼻筋を通る。すると私の大好きな彼の目に辿り着く。
話のペースが落ちた私に不思議がった彼が顔を上げる。目が合ってどれくらいだろうか、大好きな目に貫かれて私が先に口許を緩めると、彼は勝ち誇ったような表情を貼り付けて息を漏らす。
あぁ、たまらなく、
好き。自分でも音になったか分からないぐらい小さな声でも、彼は聞き逃してはくれない。
目尻が心做しか下がっていつもの鋭さが隠れる。そんな優しく見つめられたら、私は白旗を上げるしかない。静かな夜の小さな戯れ。
何度も何度も目の前の人に惚れなおしたけれど、好きだと確信したのはいつだったっけ。
なんだか自分でも知りたくなって、でもいくら過去を振り返っても出てくるのは変わらない好きばかりで。
「足すか?」
声をかけられて意識が戻る。まだ半分以上お酒はグラスに残っていたから、何のことだろうと返事に迷っていると、氷だと一言付け加えられる。
「とけただろ」
確かに、貰おうかなと答えれば彼は席を立つ。
程なくして浮ついた頭で、あぁなるほどと一人納得してしまった。大きく育ったこの気持ちが、きっと溶けだして過去にまで染み込んだから。
だから、そうでなかった時のことをもう思い出せないのだ、きっと。
「氷、溶けちゃった」
空になったグラスを眺めリアが呟く。足した氷だってとうの昔に溶けただろうに何を。久しぶりにと嗜んだ酒は思いの外酔いをもたらしたようで、時間をかけた瞬きがそれを教える。いい時間だ、そろそろ明日に響くだろう。
お開きを切り出せば素直に頷いたが、その一瞬で何かを思いついたのであろうリアは、すぐに表情を変えて腕を広げてみせた。
運べと?何を求めているか瞬時に理解する。否定の意を込めて見つめ返しても、それでも気付けばこいつの思惑通りベッドまで運んでいるのだから、俺もだいぶ酔いが回っているらしい。
若干の敗北感を覚えながら自身も横になる。額に降ってきたおやすみに大人しく降参する。代わりにやってきた心地良い睡魔をそっと受け入れた。