▼2024/06/25:アンメット最終回の
※アンメット最終回ともろもろのネタバレ※未視聴の方はご注意ください
もしもあの手術の日、夢主がセントラルにバイトに来ていたら、の短い話。ヤマナシオチナシ。
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「両側から同時に縫えばいい」
低く深い声がカンファルームに響く。来たか、と三瓶は素早く振り向いた。本来であればここにいるはずのない人物。スーツ姿の大迫が、覚悟を決めた表情で立っていた。
「ーーーー僕が、一緒に縫うよ」
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「◯◯、」
低体温麻酔の準備のために成増と手術室へと向かう途中、大迫に名前を呼ばれ立ち止まる。前を行く成増は振り向いて大迫を確認すると、私に無言でジェスチャーで、先に行ってると合図をして進んでいった。ありがとう、とこちらも目で礼を言う。
ミヤビちゃんの脳梗塞が完成されるまで、時間の猶予はあまりない。二人で目配せをすると、廊下を並んで早足で歩きながら言葉を交わす。
「さっきは連絡をくれてありがとう」
「いえ。手術に間に合いましたね」
「君がセントラルに居る日でよかった。君のおかげで、僕もミヤビくんの手術に関わることができる」
「私よりも三瓶先生と藤堂院長のおかげですよ」
奇しくもセントラルでバイトの日の今日。ミヤビちゃんが昏睡状態になった、と星前先生から口頭で知らされたのと、三瓶先生からこれからミヤビちゃんの手術をすることになるかもしれない、とメールがあったのはほぼ同時だった。三瓶先生が私に直接連絡してくる理由はただ一つ。この現状を夫の大迫教授にいち早く知らせてほしかったからだ。迷うことなく私は夫に連絡を入れた。
幸か不幸か、関東医大を辞めることになった彼は業務の引き継ぎの事務作業以外に予定はなく、直ちにセントラルへと飛んできてくれた。
「……私、知ってましたから。紘一さんがずっと、ミヤビちゃんの手術の練習していたの」
ノーマンズ・ランドを手術できる医師は世界でも一握りしかいない。その手術は脳外科の権威の一人である大迫でも不可能に近い、困難を極める難易度だった。
この一年半、彼がもがきながら苦しんできたことを知っている。自身が関わった汚職事件に巻き込まれて、結果的に事故に遭ってしまった大切な教え子を救いたい一心で、事件の捜査が始まって辞職が決まったあとでさえも、人知れず吻合の練習を続けている姿を、ずっとずっとそばで見てきた。
大きな過ちを犯してしまったとしても、この人はやはり一人の医者なのだ。どんな形であろうとも、大切な教え子を見殺しにせず、守りたいと思い行動する彼だからこそ、何があっても添い遂げようと決めた。
私も、守りたいと思う。彼が必死に守ろうとしたミヤビちゃんの命の灯も、未来も。
私や大迫教授だけじゃない。三瓶先生も、綾野先生も。星前先生も成増も、津幡師長も藤堂院長も。
みんな、彼女を救いたくて必死なのだ。
ぶるりと体が震える。ともすれば体を支配してきそうな緊張を吹き飛ばすように私はふっと笑って隣を見上げた。
「いつかこんな日が来るかもしれないと思って、ずっと準備していたんでしょう?」
「……◯◯」
穏やかで、やさしい夫の目が瞬いて、きゅっと細められる。
———僕のせいなんだ。何もかも。
ミヤビちゃんの事故の直後、絞り出すように吐き出された大迫の言葉。その告白の意味を真に理解したのはようやく最近のことだけれど。
あのときの憔悴しきった大迫の声を、姿を。私は一生忘れることはできないだろう。
あんな顔を見るのはもう沢山だ。もう二度と、二度とこの人を絶望させたくはない。だから。
「みんなで守りましょう。ミヤビちゃんの記憶を」
「———そうだな、」
一拍おいて返ってきたのは力強い声。空気が変わったような気がして、咄嗟に顔を向ける。大迫の口元には今や余裕を感じさせる不適な笑みが浮かんでいる。ふと目があえばぞくりとするような、強い眼差しに一瞬目を奪われる。
畏れも迷いも、もうどこにも見えなかった。「白い手術」で名を馳せた関東医大の教授、大迫紘一がそこにはいた。これまで多くの命を救ってきた、彼の大きくて温かい手が、私の肩をそっと抱き寄せる。
「必ず、成功させよう」
「……はい」
———絶望など、させてたまるか。
この体を駆け巡る、願いよりも遥かに強い、激情にも似た思いに突き動かされるように、二人は前室へと吸い込まれていった。
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