優秀な執行官
とても優秀な執行官が入った。その話を聞いて宜野座は鼻で笑った。優秀な執行官?それはどういう意味だ。執行官なんてものは監視官のいうことを聞けばそれで良い。できの悪い執行官はいても優秀な執行官などと、笑わせるな。そう思った。
「宜野座監視官、これからよろしくお願いします」
明るい声に人受けのしそうな笑顔。真面目な印象は受けるが、至って普通の女じゃないか。宜野座は少し拍子抜けした。あの局長が優秀な執行官とまで言うので、格闘家のような体格をしているだとか勝手ながらそういうのを想像していたのだ。一緒に仕事をしていても、確かにミスもなく優秀なのだがこの程度なら自分もできていたし、六合塚もそうだ。局長は買い被りすぎなのではないか?そう思うこともあった。
「宜野座監視官、そろそろ珈琲でもいかがですか」
「ああ、悪いな」
ただ、彼女は宜野座が珈琲でも飲みたい、と思った頃にちょうど珈琲を持ってくるような気遣いができた。それは宜野座以外にも向けられており、どうやら誰が何時ごろ飲み物を買いにいくか、ということを把握しているようだと気付いたのは彼女が一係に来て二ヶ月経ったころだった。
エリア警報を受けてなまえを連れて現場に向かった。彼女は執行官としてはまだまだ新人だというのに、まるで征陸のように辺りの人々を見るとすぐに元凶を突き止めた。
「あの人です」
「なぜわかる?」
「ふふ、猟犬の嗅覚ってやつでしょうか?」
いたずらっぽく笑う彼女の後を追って元凶の確保に向かう。その男は抵抗し暴れたが、なまえの見事な体術により地面に伏せ、無事確保することができた。その間、宜野座はただ傍で見ているだけだった。
一足先にオフィスに戻った宜野座は早速報告書を書きはじめた。日時、場所などを入力したあたりでなまえがオフィスに戻ってきた。
「あ、宜野座監視官」
「どうした?」
「脛、たぶんアザになっちゃうと思うのでちゃんと冷やしてくださいね」
「…?ああ、わかった」
アザなんていつできただろうか?そう思いつつ、退社後の帰り道で薬局に寄り、湿布を買って帰宅した。そしてスーツから部屋着に着替えると確かに脛にはうっすらとアザができていた。
翌日。オフィスに着くとなまえはいつも通りすでに出社していた。
「おはようございます、宜野座監視官」
「おはよう。昨日のアザ、よく気づいたな」
「エリア警報の元凶確保のとき、宜野座監視官、花壇に脛をぶつけていましたから。きっとアザになるだろうなって思ったんです」
「なるほどな」
そんなことまでよく見ているもんだ。執行官といえどなまえには感心する。彼女が潜在犯でなければきっと良い妻になったことだろう。周りのことをよく見ており、気にかける。そして宜野座の指示にもきちんと従い、意見を言うときも決して宜野座の機嫌を損ねない。なまえが来てから宜野座がイライラしたり怒鳴ることが少なくなったのは一係全員が感じていた。もちろん、執行官として必要な体力や反射神経も優れており、弾丸を避けた際にはついに狡噛を超えたか、と刑事課で密かに話題になるほどだった。その頃には宜野座も彼女が優秀と言われることに疑問を感じることもなくなっていた。
だから、意外に思ったのだ。
欠点の無いなまえが剥き出しの電気ケーブルを恐がる姿に。誰だって火花がパチパチと散る電気ケーブルは多少恐いと思うだろうが、どんな潜在犯にも臆せず、弾丸さえも恐れなかったなまえがたかが電気ケーブルを恐がる姿は宜野座の目に焼き付いた。
潜在犯の潜伏先の地下通路は道幅が狭く、本来コンクリートの中に埋め込まれているはずの電気ケーブルが崩れたコンクリートの中から顔を出し、火花を散らしている。宜野座は腕で顔を覆い、火花が顔に降りかからないようにして前を進む。
「おい、大丈夫か?」
声をかけて振り向くと随分遠くになまえがいる。
「あの…ここ…私、通れません」
「何を言ってるんだ。そんなの腕で避けて通れるだろう」
しかしなまえは進まない。仕方が無い、と宜野座は歩いてきた道を戻りなまえのもとへ行った。そしてパチパチと散る火花を見つめたまま動かない彼女の腕を掴んだ。
「…!やめてください!」
はじめてのなまえの抵抗に一瞬驚くが、電気ケーブルに足止めを食らうなど馬鹿げている。宜野座は抵抗するなまえの腕を無理矢理引っ張り、先を進ませた。そのとき。
「あっ…!」
バチバチと大きな火花が散り、橙色の滴がなまえの顔へと降りかかる。そして――――
ガタンっ
ガタガタガタガタ…
なまえは地面に倒れると体が跳ねて浮くほど痙攣した。
「おい、みょうじ!どうした!みょうじ!」
しかし、なまえは目を開けたまま動かなくなった。感電してしまったのか?死んでしまったのか?それならなぜ宜野座は平気だったのか?しばらく呆然と横たわったなまえを見つめていた。そして、あることに気づいた。
「ん…?」
彼女のそのなめらかな質感の白い頬が小指の先程度の大きさに焦げている。そう、焦げていた。よくにおいを嗅いでみれば、肉が焼けた匂いはしない。するのは金属が焦げたにおい。おかしい。宜野座は心臓の鼓動が速くなるのを感じつつ、なまえの焦げた頬に触れた。
そして、めくった。
「これは…っ」
なまえの頬の内側――そこにあったのは肉ではなかった。銀色の金属。彼女の内側は金属でできていた。泉宮寺のように全身をサイボーグにしていたのか?そんなこと、彼女の人事データには書いていなかった。健康診断結果もすべて正常で問題なしと書いてあったじゃないか。
「どういうこと、なんだ…」
宜野座は立ち尽くした。
どれくらいそうしていたか分からない。しかし、局長からの電話が入ったことでハッとした。
『宜野座くん、もう分かってると思うがみょうじなまえの回収を急げ。誰にも見られるな』
「局長、みょうじは一体…」
『AIだよ』
「A、I…?サイボーグ化した人間、ではなく?」
『あれは人間ではない。人工知能を搭載した最新のアンドロイドだ。いくら執行官は使い捨てとはいえ、無限にあるわけではない。試験的に一係に配属させて様子を見ていた』
人工知能。アンドロイド。そこに心は存在しないのか。宜野座の脳裏には今までなまえに掛けられた言葉が浮かんだ。自分を心配するような声をかけたのも、珈琲を煎れたのも、すべては人工知能がそうさせたものだったのか。
『今回の結果で感電に対する強度が足りていないということがわかった。しばらくすれば改良型ができる。そのときはまた、頼んだよ宜野座くん』
「……それはみょうじの見た目をしているんですか」
『それはまだわからないが、みょうじなまえの鋳型はまだ保管されている。使い回される可能性は高い。彼女が見聞きしたものもリアルタイムでサーバーに転送されているから、記憶も引き継ぐことが可能だ。もしそうなったら周囲にはみょうじなまえはしばらく療養していたが復帰した、ということにするつもりだ』
「みょうじは、みょうじは…そんな、替えの利く…」
『替えの利くことが利点だ。宜野座くん、アレを人だと思っては先が思いやられるよ』
替えの効くこと。執行官とは使い捨て。そう、そうだった、前までは。けれど宜野座にとってそれは彼女を大切に思ってしまった時点で変えられてしまった。
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