ANESTHESIA
聖護君の新しい仲間は外国人だという。鎖国同然のこの時代、外国人というのはすごく珍しいからどんな人かと楽しみにしていると、名前をチェ・グソンという長身の痩せた男だった。日本に来たのは成人してからだと言っていたけれど、彼の日本語は日本人と言われてもわからないほど上手で物腰は柔らかい。しかし、どことなく漂う危険な雰囲気が彼が潜在犯なのだと示していた。いや、きっと“潜在”犯ではないのだろう。聖護君と危ない遊びをしているのだから。彼を私にわざわざ会わせてきたということはつまり聖護君にしては珍しく彼を信頼しているらしいということだ。いつもなら、この前知り合った男は結局疎外者ではなかったから死んだよ、とか話してみるとつまらない人間だったから手を貸すのをやめた、とか私が顔も知らないうちに死んでいるのがほとんどだ。私に会わせることは聖護君が今後も手を組むつもりであるというのを意味することに私は一昨年気づいた。
二度目に会ったときは彼一人だった。聖護君は泉宮寺のところらしい。あの変態じいさんとも長いなぁ、なんて小さく溜め息を吐いて応接室にグソンを案内し、ホロではないアンティーク調のソファに座って向き合う。家庭用ドローンがティーセットを運んできたので、カップに二人分の紅茶を淹れた。
「ミルクと砂糖は?」
「結構です」
ストレートティーをグソンに差し出すと彼は一口飲んだ。優雅とは何か違うものの、落ち着きがあって余裕がある動作だ。それが年齢からくるものなのか、経験からくるものなのか、私はまだ彼のことをあまり知らない。私はミルクと砂糖を入れて紅茶を一口飲んだ。
「それで、聖護君は何て?」
「麻酔薬が必要だそうです。なるべく強いやつを」
「またそんなの欲しがって…」
どうせ悪いことに使うんだろうなぁ。痛みを感じさせないためというより、体を動かせないようにするためなのだろう。彼はいつまでそんなことを続けるつもりなのだろうか。ああ、シビュラが消えるまでか。小さく苦笑した。グソンを見ると相変わらず薄い笑みを浮かべている。しかし、細い目からは明らかに人工的な瞳が覗いていた。両目とも義眼だ。
「ダンナが言ってたんですよ、アンタも疎外者だって」
「あー、まぁね。そうだよ」
疎外者とはつまり、シビュラシステムに疎外された者のことだ。聖護君や私のようにいくら悪事を働いても裁かれない――裁いてもらえない存在のことを彼はそう呼んでいた。医療従事者でありながら人殺しに加担し、薬品を独自に精製、裏社会で販売…そんなことをしていたら普通は色相がどす黒くなるのに私の色相はいつでも白だった。だから街も普通に歩けるし、定期診断があっても何の問題も無い。シビュラは私たちの存在に気づいているのだろうか?罪を犯しても裁かれない体質の人間がいると世間に知られたらどうなる?そんな私が聖護君と出会ったのはかれこれ五年以上前だ。はじまりは聖護君が私の噂を泉宮寺から仕入れて、同じ疎外者なのではないかと訪ねてきたことだった。それからというもの私は時々聖護君に協力している。グソンは何か悪巧みでも思いついたように笑みを浮かべた。
「どれくらい悪いことしてきたんです?」
「聖護君ほどじゃないよ。私は直接手を下すことは滅多にないから。むしろ、救った命の方が多いと思う」
一応、医師免許はあるから普通にそれらしいこともしている。それを聞くとグソンは少し意外そうな顔をした。聖護君とそれなりに仲良くしているだけで極悪人認定しないでほしい。
「へえ。それじゃあ、なまえさんにとって人の命ってのは?」
「さあ。適正があったから医師免許取っただけもん。強いて言えば収入源かな」
「イヤだなぁ、こんな医者に治されるのは」
グソンが笑みを濃くした。確か、年齢は四十ぐらいだっけ。長身で服装も若く、生活感が無いから雰囲気はもう少し若く見える。でもよく観察するとその辺を歩いている同年代の男よりもやつれているような感じがした。日本に密入国というだけで彼がその辺の日本人たちより苦労してきたのは容易に想像できる。そんな人が聖護君と何をしようとしているのか。
「ねえ、グソンは聖護君と何をしたいの?」
「シビュラが何なのか、日本が本当に楽園なのか…それを知ろうと」
「あなたの国はもう無いんだっけ?」
少し前にネットでそのニュースを見た。海外のサーバ経由でその時の動画もいくつか見たけど、酷いものだった。シビュラのせいで世の中がつまらないものになったとはいえ、そのお蔭で一応平和な社会が築けているのなら、シビュラシステムは意味があったのかもしれないと思ったものだ。グソンは何の感情も出さずに平然と答えた。
「ええ。滅びました。シビュラのニセモノを作ったりもしちゃいましたが、駄目だった」
「シビュラを作ろうとしてたんだ?あの国も」
独裁者がいたから、てっきりシステムに国を支配されるのは嫌だとばかり思っていたけど、あの国も他の紛争が起きている諸外国と同じくシビュラシステムによる平和が欲しかったのか。
「俺はその為に密入国したんです。でも、日本に来てみてわかった。シビュラシステムを祖国に持ち帰ることは不可能だと」
「天才ハッカーにそこまで言わせるなんて、一体どんなシステムなんだか」
「気になりますよね。マキシマのダンナとなら、暴けそうな気がするんです」
「確かに。彼が何かに失敗したりするの、見たことない」
いつだって聖護君は上に立っていた。すべてを知っているかのように余裕があって、故につまらなそうでもある。グソンの言うように彼とならシビュラシステムの解明も不可能ではないように感じる。
「なまえさん」
「ん?」
不意に名前を呼ばれて顔を上げると、グソンの義眼と目が合う。生物らしさのない色合いのそれはやっぱり一瞬ドキッとする。
「なまえさんは美しいものは好きですか」
「好き」
「じゃあ、美しいものってなんですか」
「…なんだろう。聖護君の顔?」
彼は何度見ても飽きないくらい綺麗な顔をしている。それを聞いてグソンはくつくつ笑った。
「つまり、ダンナの顔は好きなんですね」
「そうかもね。顔だけは好き」
「顔以外は?」
「あんまり。聖護君、完璧すぎて人間ぽくないんだもん。少し恐い」
彼からは一般的に言う欠点らしい欠点が見当たらない。探そうと思えば、頭がよすぎるとか冷たいとかこじつけのような欠点はあるけれど、普通の人のように大雑把とか、方向音痴などというものではない。それを聞いたグソンは意外そうな顔で一瞬口をつぐんだ。
「なまえさんもそんなこと思うんですね」
「そりゃあ思うよ。どうして?」
「ダンナを君付けしてるくらいだから、相当仲が良いのかと」
「歳近いからそう呼んでるだけ。深い意味はない」
「少し安心しました。なまえさんとダンナがデキてたら、なまえさんと仲良くしづらいですから」
「ふーん。私と仲良くなりたいの?」
「ええ」
「それは奇遇だね。私もグソンとは仲良くしたい」
特に理由はないけれど、強いて言うなら彼の雰囲気に興味があったから。たったそれだけの理由だ。
前
次