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厠や湯浴みの時には部屋から出ることを余儀なくされる。そして沢山の人とすれ違う中でたまに色んな話を聞いたりもする。人の世界の話はよく分からなかったけれど、幸村様がとってもとっても凄い方というのはよく分かった。
そして、私のせいで陰口を言われていることも。
「どこの子か分からない捨て子を引き取ったんでしょう?」
「そうらしいわね。一体どうしたのかしら。いくら幸村様でも…」
ごめんなさい、幸村様…。
私のせいでこんなこと言われて…。
何にも考えずにお世話になっていた自分がすごく情けなく思った。ごめんなさいごめんなさい…こんな狐のせいで言われなくて良かったはずのことを言われて…
怪我はもう、幸村様のお蔭でほとんど治っている。お城から出ていくには丁度良いのかもしれない。もうここにお世話にならないほうが良いんだ、きっと。大好きな人に迷惑はかけたくないもん。
とぼとぼ廊下を歩いていると私の部屋から幸村様の匂いともう一つ違う匂いがした。何か話をしているらしい。入らない方がいいような気がする。
「旦那、そんなの狐に化かされてるだけだって!いい加減、目を…」
「羅々はそのようなことはしない!」
「それが化かされてるって言ってんの!さっさと山に帰しなよ。人の世界の味をしめて仲間連れて来たらどうすんの?」
やっぱり、みんなそう思うんだ…狐はみんな人を化かすって。人間に良い人と悪い人がいるみたいに、狐も一緒なのに。人を化かすのは悪い狐なのに。
…でも、よく分かった。私は人間であろうが狐であろうが、みんなから邪魔だって思われてる。これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
狐の私には狐の家しか、似合わないんだ。
狐の姿に戻るとお城中を駆けてとりあえず外に出た。森を目指していたはずなのにそこは何故か人で賑わっている。やっぱり私はダメ狐だ…反対側に来ちゃったみたい。
「あら狐よ」
「おやおや、食いもん漁りに来たのかね」
人の視線が痛い。とにかく、早く森に行かないと…!
タッタッと城下町を走っていると、日光に照らされていた地面に大きな影ができた。
「ヒヒィィーン!!」
急に大きな影が出来たかと思って見上げると、茶色い動物の足がすぐそこにあった――――…
廊下が慌ただしいと思えば子狐が迷い込んだと言う。それは間違いなく羅々だ。部屋で待ってもなかなか帰ってこない上に、挙げ句は佐助が要らぬことを言ってきた。全く今日は嫌な日だ。
「子狐はどこに行ったか分かるか?」
近くにいた下男に聞くと、外に飛び出していったのを見たと言われた。外、か…もしや森に帰ったのだろうか。まだ完治はしていなかったはずだが。そんな、急に城を出るとは……
羅々は、どこに行ったのだ…?
途方に暮れて棒立ちしていると、横から遠慮がちに女中が顔を出してきた。
「あの、その子狐か分かりませぬが…先ほど町に出たら子狐が馬に踏まれたと聞きました」
「馬に、踏まれた…?」
「はい…確か、反物屋さんの前です」
短く礼を言うと、何も持たぬまま草履をはき馬小屋の一番手前にいた馬に飛び乗った。まだ怪我も完治していない子狐が馬なんかに踏まれてしまったら、いくらすばしっこい羅々といえどただではすまない…嫌な予感ばかり頭を過ってしまう…!
女中の言っていた反物屋が近づいてくると、そのすぐ近くに小さな人だかりが見えた。馬から降りて近くに行くと役所のものが子狐の片足を掴んで持ち上げようとしているところだった。
「待て!」
「ゆ、幸村様…!?いかがされましたか」
「その狐は俺が引き取る」
「幸村様が…ですか?」
「ああ。…俺が可愛がっていた狐なのだ」
そう言った途端、奴の顔がどんどん青ざめていった。
「も、申し訳ございません!!幸村様が飼われていたとは知らず…っ。今すぐこの子狐を踏んだ馬の持ち主を探させますのでどうか…!」
ガタガタと震える手を差し出され、まだ少し温もりの残る羅々を受け取った。こんなに冷たくなってしまったのか…少し前まで抱き締めればとても暖かかったのに。
「いや、良いんだ…俺にも責任がある」
羅々の帰りが遅いことにもっと早く気づいてやれていたなら。そうすればまだ生きていたのに…どうして城を出たりしたのだ…
冷たい空気に当たって羅々の体は冷えていく。冷たくなるのを少しでも送らせようと自分の体に押し付け、馬に乗った。そうだ、羅々を馬に乗せるのは初めて会った日以来か。……もっと、色々なことをしたかった。馬で散歩をしたり、一緒に団子を食べたり。いつだか俺が一度だけ城に団子を持ち帰ったときの、羅々の嬉しそうな顔が忘れられない…
先程くぐったばかりの門を再びくぐり、城に入って羅々の部屋を目指した。
部屋には羅々の着替えが綺麗に畳まれて置いてあった。皆は城にいた狐が町で死んだことは知っても、それがこの部屋にいた少女だとは誰も知らない。
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