!娼婦とアバッキオ



「レオーネ」
 事後、眠りに落ちていたらしい。砂糖を煮溶かしたような声が降ってきて、アバッキオは目を覚ました。肌の透けたキャミソールを一枚羽織った女がこちらを見下ろしている。
「寝ちゃうなんてめずらしい」
「……ああ」
「ねえ、朝まで居たら?貴方だったらだれも文句言わないわ」
 本来ならば断るはずの彼が、かすれた声で「そうしてくれ」と申し出を受け入れたので、女は目を丸くしたあとプレゼントをもらった子供みたいに微笑んだ。
 娼婦が客に入れ上げるなど男の都合の良い妄想だとばかり思っていたが、事実は小説よりも、というやつだ。初めは羽振りの良い客に飛びついているだけだと本気にしていなかったが、そうではない事が端々から感じとれ、終ぞ絆されたのはアバッキオの方だった。それでも馴れ合う事はしなかったので、彼女の元を訪れるのは"用"のある時だけだったし、行為が終われば直ぐに帰った。それで良いと彼女は言った。
 彼女の"仕事部屋"はいつ来ても殺風景だったが、ナターレを前に小さなツリーがドレッサーに置かれてあった。時の移ろいを感じる間も無く、街はもう眠りの季節を迎えている。
 そういえば今夜は冷え込む。身を温めようと彼女の居た場所に手を伸ばすと、そこには体温の残るシーツがあるだけだった。重たい瞼を開け室内を見渡すと、ストーブの火加減を確かめていた彼女がちょうど立ち上がった。手を伸ばし、シーツの海へ引き寄せる。
「……名前」
「朝まで寝ていていいのよ」
 少し冷えた肌とは反対に、暖かな手が愛おしげに頬を撫で、小さな唇が顔中に降ってくる。まるで母親のようだと、思考が泥濘に沈みゆく中アバッキオは思った。
「おやすみなさい、レオーネ」
「…………」
 やがて安らかな眠りへと誘われる。そこには確かに温もりがあった。少なくとも朝までは、誰からも取り上げられず腕の中にある。



20170912