「貴女、またお金を貸したでしょう」
開口一番図星を指されうろたえた。次に「やっぱり」と続き、鎌を掛けられたのだと気づく。
「そんなに大きい金額じゃないよ、直ぐ返してくれるって言ったし」
当然のように上がり込むわたしへの小言は最近訊かれなくなった。慣れとは遅効性の毒のようで恐ろしい。わたしにとっては有難いが。
「帝統の直ぐが直ぐだった事あります? それに、金額の問題じゃありません」
幻太郎の溜息を背中で訊きながら、そんなに咎められる事かしら、と不思議に思う。
「帝統を甘やかすのはやめてください」
まるで孫をを甘やかす義母に言い聞かせるかのような口振りだ。
帝統と知り合ったのは数ヶ月前。深夜の公園で「こんな時間に何してんの」と声を掛けられた事に始まる。そっくりそのまま返したいセリフだったが面倒で、一言「家出」と答えれば、「ふーん」とさして興味のなさそうな返答があった。そのまま消えるかと思われた帝統は、予想に反して隣に腰掛け、軽やかな手つきでタバコに火をつけた。
「女の子がさ、こんな夜中にあぶねーじゃん」
チャラついた見た目に反し、至極真っ当な事を言うものだから、可笑しくて顔が綻んでしまう。わたしたちは直ぐに打ち解けた。ビルの隙間からほんの少し見える空に、まばらに星が輝いている夜だった。
帝統がフリングポッセの帝統だと知ったのは、それから間も無くだった。街中を歩いている時、突如大型ビジョンに映し出された見覚えのある男に驚いたものだ。仲間やカメラに向かって惜しみなく振りまく笑顔はあの晩と変わらず、誰にでもあんな顔をするのだと知った。まるで懐こい猫のようだ。
その晩、帝統と出会った公園で例のごとくベンチに腰掛けていると、昼間に訊いたばかりの声が降ってきた。
「また家出?」
「んー」
「なあ、あったけえ布団で寝たくねえ?」
提案を受けてのこのこついて行ったのは、確かに少し肌寒かった事もあるが、相手が帝統だったからだ。顔は良いし、優しいし、フリングポッセの帝統だし。しかしながら、噂によると彼は札付きのギャンブラーで、金がないどころか住処もなく、故に公園で寝泊まりしていると訊いた。一晩遊ぶのは良いとして、ホテル代払えるのかしら、手持ちはあったかしらと考えているうちに到着したのはとある一軒家で、表札には〈夢野〉とある。住処のない帝統がいつも身綺麗な理由が判明した。
幻太郎の第一声は忘れない。
「元居たところに返してきなさい」
「犬猫じゃねえんだからよお」
「犬猫じゃないから言ってるんです……あなた、高校生ですか?」
「違います」
グリーンの瞳が推し量るように揺れる。
「ま、信じましょう。それにしても、こんな夜更けに見知らぬ男に着いて行って、何かあったらどうするんです」
「まあまあ、話は中で」
慣れた様子で上がり込む帝統を咎めるでもなく、幻太郎はわたしを仕方なしといった風に迎え入れた。幻太郎との付き合いはそこから始まる。
それからと言うもの、〈家出〉がうまくいかない晩だけでなく、気が向けば幻太郎宅を訪れるようになった。帝統が居る時もあれば居ない時もあった。前者だと彼は大抵素寒貧だ。憐れんで幾ばくか握らせるのが常となり、勝ちの波に乗れればそこそこ返ってきたが、大半は貸したままになっている。それを察し、良しとしない幻太郎は、帝統に言っても無駄とばかりにわたしを叱りつけるのだった。
いつものように押し入れから自分に充てがわれた布団を引き出していると、幻太郎がやって来た。風呂上がりの彼はほのかな湯気をまとい、部屋の入り口で壁にもたれている。
「布団、干してくれたでしょ。良い匂いがする」
「一晩幾らです」
「え、」
「え、じゃありません。幾らなのかと訊いてるんです」
部屋に進み入った幻太郎が、動きを止めたわたしの前にしゃがんだ。女性と見紛う綺麗な顔に覗き込まれては、百戦錬磨のわたしもドキドキしてしまう。〈お客〉にこんな綺麗な人居ないし。
「貴女、そういう商売をしてるんでしょう」
「なんだ、バレてたの」
帝統は気づいていないが、わたしは家出なんてしていない。方々の公園で夜な夜な息を潜めては、獲物が巣にかかるのを待っていた。
「わたしが貴女を買って、そのお金を帝統に直接渡します。そうすれば、幾ら渡したかも、幾ら返ってきたかも把握出来ますから」
幻太郎の提案は絶対おかしいのに、口調や声音がそう思わせるのか、理に適っているような気がした。
「嘘ですよって言う?」
「言ってほしいのなら」
「……シャワー、浴びてくるね」
まったく、帝統のせいでタダ働きなんだから。
20220215