!ドラマの撮影で大和(の演じる役)に殺される

 役作りのタイプはさまざまある。わたしは所謂〈出産型〉で、もらった役を〈自分ならどうするか〉と考えて役作りをしていくスタイルだ。劇団の先輩たちもこのタイプが多く、自然、この手法が確立していった。
 わたしが所属しているのは、大きくはないもののそこそこ歴史ある劇団で、年齢層も幅広く、公私に渡り学ぶことが多い。親からは学業を疎かにしないよう釘を刺されているが、日夜演劇の世界にのめり込んでいた。
 ある日、劇団の公演を終え予定が空いたわたしに、座長がとあるオーディションを薦めてきた。ネット配信の短編ドラマで学園もの。主人公の教師役にはIDOLiSH7の二階堂大和が据えてあるらしい。オーディションで募集しているのは、彼が受け持つクラスの高校生役なので、応募可能年齢の幅は狭いが端役でも激戦が予想された。
 ネット配信レベルのドラマなら、演技はともかく映像映えする可愛い子が多く選ばれるだろう。場慣れする練習にもなるし、行ってみたらと背中を押され、訪れたオーディション会場には、予想通りモデルクラスの女の子たちが集っていた。肩身の狭い思いをしたが、オーディション自体は悪い経験ではなかったので良しとする。そうこうしている内、劇団の次の公演が決まり、忙しない日々が始まった。

 季節は秋に移ろおうとしている。朝晩の空気が徐々に研ぎ澄まされてゆく気候が心地いい。
 オーディションのことなどすっかり忘れていたある日、劇団の事務員さんから渡された書類に〈合格〉の文字が並んでいるのを見て、はて、何に合格したんだろうと首をひねった。
「すごいじゃん、二階堂大和と共演だよ」
「えっ!?」
「しかも役名付き。セリフもそこそこあるみたい。撮影は……来月からだって、がんばれ」
 オーディションに参加したとは言え、降って沸いた話に戸惑わないはずがなかった。映像の現場には、地方向けのCM撮影やエキストラの仕事で何度か行ったことがあるので雰囲気は想像がつく。でも、カメラの前での演技経験は皆無に等しい。そんな中で役名を与えられ、軽い気持ちで臨んだことを後悔していた。

 ○

「教師役、IDOLiSH7の二階堂大和です。よろしくお願いします」
 芸能人をこんなに間近で見たのは初めてだった。若手アイドルでこのオーラなので、大御所俳優なんてとてもじゃないけど近づけないだろうな、千葉志津雄とか。
 本読みは滞りなく進み、今後のスケジュール確認を終え、その日は解散となった。ヒロイン役の若手女優が、早速二階堂さんに親しげに話し掛けているのを横目で見ながら稽古場を辞す。初日はまあ、こんなもんだろう。
 それにしても。オーディションでやたら叫んだり怯えたりの演技を求められたが、脚本は些か猟奇的だった。アイドルを主演に置くネット配信の学園ドラマというから、てっきり青春ラブストーリーだとばかり思い込んでいた。
 二階堂大和演じる主人公の担任教師は、普段は温厚な優男だが、スイッチが入ると途端に殺人鬼へと変貌する。次々と手にかけられてゆく生徒たち……わたしは最初の被害者だ。二階堂さんは以前にも殺人鬼を演じ、高評価を得たと聞く。殺人鬼ばっかり演じるアイドルってどうなの、と思わなくもないが、レンズの奥で時折り鋭さを帯びる眼光を見れば、納得出来る部分はなきにしもあらずだ。

 スケジュールの都合で、次に二階堂さんに会ったのは、撮影日当日だった。既に別のシーンから撮影は始まっており、ほんの少しカメラにも慣れてきた。が、舞台とはまるで違う進行に未だ戸惑うことばかりで、代役のスタッフとカメラテストしているとは言え、本番で初めて〈先生〉と顔を合わせるとなると緊張もひとしおだ。
「二階堂さん入ります!」
 スタッフの声がして、メイクを終え衣装に身を包んだ二階堂さんがセットに現れた。現場の空気が引き締まるのを感じる。
「よろしくな、苗字さん」
「はいっ! よろしくお願いします!」
「緊張してるねえ。まあ舞台とは勝手が違うから慣れねえよな。安心しな、お兄さんがしっかり殺してやるから」
 そう言うと、二階堂さんは何度か手をグーパーと動かして見せた。殺害方法は絞殺なので、それを意味してるんだろう。彼なりに緊張をほぐそうとしてくれてるんだと思われる。方法はどうであれ、気さくに声を掛けてくれる人でよかった。
 そして、撮影が始まった。進行の都合があるとは言え、初めて互いの目を見て芝居をするシーンが殺害現場なのは、どうにかならなかったのだろうか……雑念は、キューの合図と共に消え去った。

 ──あーあ、補習なんてついてない。でも、気になる先生と二人きり。他愛もない会話。奇しくも楽しい時間。徐々に綻び始めた偽の顔。違和感を覚え、上ずる声。
『先生……?』
 晴れやかだった空が翳りを見せ、薄暗くなる教室。〈わたし〉を見下ろす〈先生〉が、殺人鬼に切り替わる瞬間。
『ずっと……したくて……』
『どう、したんですか』
『ずっと、こうしたくて……堪らなかったんだよ……』
 二階堂大和、否、先生の腕が別の生き物のように伸びた。
「!」
 役作りのタイプは様々あるが、憑依型の役者は厄介だ。役と己を一体化し、役そのものになりきる。と言うより、役そのものに〈なる〉。ホームドラマや温厚な役柄ならばさして問題はない。懸念するのは、今回のような猟奇的な役柄を与えられた時だ。彼らは平気で肉体を明け渡し、水を得た魚のように他者に牙を剥く。
『苦し……せん、せい……!』
 本読みの時点で薄々気づいていたことがある。二階堂大和は憑依型の役者だ。
『いいねぇ。その顔、もっと見せてよ』
 それもとびきりタチの悪い。
「や、だ、……っ!」
 指が首元に食い込む。加減されているはずなのに息苦しさを覚えるのは、レンズの向こうにある鋭い眼光に気圧されたからだ。手首を掴み抵抗するも、机に押し倒される体。大きな音を立てるために、わざと隣の机が倒れるよう動いたんだろう。こんな演技をしながら、演出を計算する冷静さを持ち合わせた怪物。
「やめ、て……っ」
『もっと』
「離、し……っ」
『もっとだ』
 感じたことのない恐怖が襲う。悲鳴は最早演技ではなかった。わたしから恐怖という感情を引き出したのではない。生み付けたのだ、この男は。
「ゔ、あぁ……っ!」
 咄嗟に振り上げた手が彼の頬に当たり、メガネを弾いた。カシャンっと軽い音がして、静寂が訪れる。視力を補うレンズを失い、目を眇めた先生の顔がぐんと近付いた。唇の動きが感じられるほどの距離で、先生が呟く。
『ああ、綺麗だよ』
「ひ、」
 これが人生最後の景色。喉元を押し込む指先の熱。
『……どう、し、て…………』
 もう何も考えられない。体の力が、抜けてゆく。

 カットの声が掛かっても、直ぐには起き上がれなかった。照明の灯った天井と同じように頭の中が真っ白で、死に至る演技をしながらも心臓は高鳴り続けていた。
「メガネ、メガネ……っと」
 二階堂さんは驚くほど呆気なく二階堂大和に戻った。役に飲まれるタイプではなさそうだ、安心。ようやく身を起こすと、メガネを掛ける二階堂さんと目が合った。
「すみません。アイドルなのに、顔」
「ん? ああ、こんなの全然。そんなに怖かった?」
「お陰様で。メガネ、壊れてません?」
「問題なし」
 安堵の息をついて、机から降りようと足を下ろしたところ、力が入らずよろめいた。
「おっと」
 抱き止めてくれたのは、他でもない二階堂さんだ。今しがたわたしを絞殺した手は、同一人物とは思えない優しさで体を支えてくれる。
「あ、ありがとうございます。なんだか、ギャップに混乱しますけど」
「これが本当の俺!」
 そして二人で笑い合う。アイドルらしい一面が見られてよかった。

 ○

 現場で音を上げそうになったのが、同じシーンを別角度から撮影する必要があることだった。同じ演技を同じ熱量で何度もこなすのは、ただでさえ舞台に慣れた自分にはきつかった。その上、殺人鬼の歪な感情を一身に浴び続け、撮影が終わる頃にはすっかり消耗していた。早々に退場する最初の被害者役でよかった、なんて思うほどに。

 その後、撮影は無事クランクアップを迎え、配信されるとそこそこ話題にもなり、二階堂大和の怪演はさらに高く評価された。
 このドラマをきっかけに、わたしの生活は少しだけ変化した。監督の手掛ける別の作品に声を掛けてもらい、怯える演技に定評を得て、サスペンスやホラー作品によく呼ばれるようになったのだ。どの現場でも殺される。そして、そこにはたいてい彼が居た。
「よろしくお願いします──二階堂さん」

20240909