玄関を開けるなり、雑誌を大きく掲げた環くんが叫んだ。
「またおっぱい出してる!」
「人を痴女みたいに言わないでくれる!?」
◯
「仕事なんだからしょーがないでしょ。この王様プリンだって、わたしがおっぱい出して稼いだお金で買ってんの。てゆうかおっぱい出してないし」
「出してる、出してる!」
環くんがスプーンで示す先には、今週発売のグラビア雑誌が広げられていた。水着の撮影なんて、アイドルをやっていたらザラにある。環くんだって惜しげもなく脱ぐくせに、人の仕事には口うるさい。
「もー、恥ずかしいから仕舞って」
「あっお尻も出してんじゃん!」
「見るなー!」
雑誌をひったくり背中に隠す。不満気な目線を向けてくるが知らん顔だ。いつもならこのあたりで諦めてくれるが、今日の環くんは少し違った。徐々に降下する視線に気が付き、雑誌を前に持ち替え胸元を隠す。
「……あんまりジロジロ見ないでよ」
「見るな見るなって、俺、夢子のカレシじゃん」
「そう、だけど」
いつになく真剣な表情に戸惑っていると、腕が伸ばされた。乞うように指先だけで頬に触れ、わたしが拒絶しないのを確かめると、今度は手のひらで包まれる。端整な顔が近づいてくる瞬間は未だに慣れず、視線をさまよわせた挙句、ぎゅっと目を閉じた。ふに、と遠慮がちに触れるやわらかな温もり。もう何度かしたけれど、環くんのキスはいつだって優しい。
触れるだけのキスはやがて啄むような動きに変わり、だんだん体の力が抜けていった。うまく呼吸が出来ず身を引こうとしても、両頬に添えられた手が逃げることを許さない。
「環、く……」
吐息で湿った唇へ、探るような舌が伸ばされた。まだ知らないその熱を、受け入れる心の準備が整わないまま小さく口を開く。すべり込んだ舌に触れた時、脳が痺れるような甘さが口いっぱいに広がって唾液が溢れ出した。もっと触れたくて、ぎこちなく動く舌を追っては絡める。このあとどうすれば良いか、たぶんお互いわかっていない。擦り合わせるだけの稚拙な動き。それでも求めることをやめられなかった。やがて、体の奥から留めようのない感覚が湧き上がってきた。たまらず肩口に縋りつき、シャツの皺を深める。
会話も食事も、舌を無くして成立しない。キスもまたそうなのだと今初めて知った。人目に触れる場所に、こんなエッチな器官があるなんて不思議でならない。
「ん、は……」
ほとんど覆いかぶさるような体勢になっていた環くんが身を起こすと、唇を繋ぐ唾液がぷつりと切れて顎を伝った。頬を包んだまま、親指で拭ってくれる。
「……彼女がさあ……エロい格好の写真撮られて、いろんな人たちにエロい目で見られんの、すっげー嫌だ」
胸元に視線が落とされた。くつろげた制服からのぞく谷間は、わたしの体であると同時に事務所の商品だ。環くんにすらまだ触れることを許していないふくらみについて、扇情的な煽りで売り出すこともある。
「でも、それが夢子の仕事だから。それで夢子のファンが喜ぶなら、俺、ガマンすっから」
眉根を寄せて、一生懸命に言葉を紡ぐ環くんが愛おしい。
「妬かせてごめんね」
「……キスして」
「キスで許してくれる?」
「あした仕事で休みだろ? あした会えねえ分も」
「欲張りだなあ」
今度はわたしが環くんの頬を包み、唇を寄せた。カメラの前で、テレビの中で、わたしたちはアイドルだ。けれど、制服を着ている今だけは。
20240914