大和さんと週刊誌の記者
※特定の職業を貶める意図はありません
わたしの仕事は、疎まれこそすれ喜ばれることはまずない。人のプライベートをこそこそと嗅ぎ回り、暴き立てる下品な商売。週刊誌の記者なんて、来世では絶対に選ばない職業だ。
若者の読者を取り入れようと、IDOLiSH7のネタを集めてくるよう上司から指示されたのが先週の話。余計なトラブルを避ける為、まず未成年四人を除外したあと、知名度や露出度を鑑み、連ドラに出演中の二階堂大和に白羽の矢を立てた。
とは言え、IDOLiSH7のメンバーは全員寮暮らしである。外出時や帰宅時にスクープが撮れるとは思えない。念の為、数日間張り込みつつも、同時にあらゆる手段を使って彼のスケジュールを押さえた。そして、直近で行われる連ドラの打ち上げ先に向かうことにしたのだった。
深夜を回り、人がまばらになった繁華街。打ち上げ会場は、監督行きつけの居酒屋であることは確認済みだ。ぱらぱらと退店していく顔ぶれは、マスクをしていても連ドラの出演者だと直ぐにわかる。
やがて、顔を真っ赤に染めた二階堂大和が姿を現した。彼は機嫌良く挨拶を交わし、用意されたタクシーには乗らずに駅の反対方面へと歩き出した。繁華街を抜ければ公園に行き当たり、マンションが建ち並ぶ住宅街へと続く。このまま女の家にでも行ってくれれば、食いっぱぐれる心配はなくなるんだけど。世の中、そう上手くはいかないものだ。
用心深く距離をとりながら後を追い、彼が左折した道を覗き込んだ時、背中に声がかけられた。
「おまえさん、どこの雑誌の人?」
◯
「待たせたな」
二階堂大和がコンビニの袋をぶら下げて戻ってきた。街灯がスポットライトのように照らすベンチに腰掛け、カシュっと音を立てて缶ビールを開けると立ちすくむわたしに突き出した。
「飲みな」
「わたし、一応仕事中なので……」
「まあ付き合えって」
そう言うと無理矢理缶を握らせ、もう一本を開ける。乾杯のつもりらしく、腕を伸ばし缶をコツンと当てて、自分は美味しそうに呷った。
「そんなに思い詰めた顔して追いかけ回されても、寝覚めが悪いっつーかさ」
まるで友人にでも語り掛けるような気軽さで、初対面の人間、しかも商売敵と言っても過言ではない女にそんな態度を取る。不思議でならなかったが、彼は今酔っているのだと思い出した。これはすべて酔っ払いの戯言。合点がいくと気が抜けて、隣に腰をおろす余裕も出てきた。
二階堂大和を習い、水滴をまとったビールを呷る。お、いいね〜と囃し立てる声。
「おまえさん、なんで記者になったんだ?」
「……マスコミの仕事に就きたくて、あとはまあ、流れですかね」
「そんなやくざな仕事に、女の子がねえ」
「アイドルやってる人に言われたくないです」
「ははっ違いねえな」
深夜の公園で、アイドル相手に身の上話をする奇妙な感覚は、回ってきたアルコールが麻痺させてゆく。二階堂大和を見ると、背もたれに腕を掛け、空を見上げていた。つられるように顎を上げると、
僅かばかりの星が明滅しているのが見える。都心から少し離れただけで、別の夜空のようだった。
「おまえさんのこと何も知らねえけどさ、本当のおまえさんは、そんな顔じゃないと思うんだよね」
「本当のわたし……ですか」
「そ。まあ身の振り方を考えてみなさいってこと」
レンズの奥の眼は据わっているものの、案外理性はしっかりしているらしい。人生を歪めかねない記事を書くつもりで嗅ぎ回っていた女に対して、あまりに優しい言葉だった。
「悪いけど、俺つけててもなんも出ねーよ。おにーさんアイドルだから」
立ち上がった二階堂大和は、わたしの頭をぐしゃぐしゃと撫でて笑った。
「ま、頑張んなさい」
自身を「おにーさん」と呼ぶだけの説得力に、言葉が出なかった。
◯
〈IDOLiSH7二階堂大和 深夜のお忍びデート!?〉
飛び込んできた文字を言葉として認識するのに、少々の時間を要した。大きな文字が踊る写真は、見覚えのある公園、腰掛けた覚えのあるベンチ。
「おい苗字、お前二階堂大和追うっつってたよな? なんでよそにスクープ撮られてんだ?」
上司は、わたしがスクープを先取りされたことに衝撃を受けていると取ったらしい。それもそうだ。このモザイク処理をされた女こそがわたしである──そんなこと、口が裂けても言えるはずがない。バレる前に転職しよう。
20240928