わたしたちはプライベートでも気を抜けない。普通の高校生みたいに外でデートなんてもってのほか、家で過ごすにしても環くんは寮暮らし。そうなると、選択肢は自然と一つに絞られる。
「いらっしゃーい」
「うーす」
仕事やレッスンのない放課後やオフがかぶった日、環くんがうちへ遊びに来るのが定番デートになって久しい。制服姿の環くんの手には、相変わらずお菓子がいっぱい詰まったコンビニの袋が下がっていた。
「先に部屋行ってて。飲み物用意してくるね」
「おー」
うちは両親共に仕事で帰りが遅いので、夜まで気兼ねなく二人の時間を過ごせる。付き合い始めたばかりの頃は、話題のドラマや映画、自分たちのライブ映像なんかを観て盛り上がったり、新しい振りを披露し合ったり、ゲームをしたりと賑やかに過ごしていた。あ、たまには学生らしく勉強も。
少し経ってから、バリエーションにイチャイチャが加わった。今はまだキスで終わっている関係も、そのうち先に進むと思うと、体の奥がぞわぞわして居ても立っても居られない気持ちが湧き上がる。
「お待たせ」
何気ない顔で部屋へ戻ると、環くんは王様プリンを食みつつ、片付け忘れた雑誌を広げていた。おざなりにページをめくる手が、わたしの所属グループの特集が組まれたページで止まる。ピンクのふわふわバニー姿でぶりっ子ポーズを取る写真を、目の前で見られるのは居た堪れない。
「それはあんまり露出してないでしょ」
仕事なのだから堂々としていればいいのに、つい言い訳じみた言葉が飛び出した。
「似合ってんね、ピンク」
「え? あ、ありがと……」
「なんかきなこ思い出した」
「きな粉?」
「事務所のウサギ」
環くんは最近、わたしのグラビア写真を見てもあまり怒らない。露出度で言えば水着の環くんだって負けてないのだから、寛容なわたしに感謝してほしいくらいだけど。職を同じくする者同士、相互理解出来る関係を目指したい。
と同時に、相反する感情が生まれたことも無視できなかった。
「……妬かないの?」
露出の高いグラビアを見ながら唇を尖らせる環くんは正直なところ可愛いので、見られないとなるとちょっと、いや、かなり惜しい気がしてきた。返事がないので視線を向けると、環くんは真剣な眼差しでわたしを見ていた。
「だって名前は俺のじゃん」
世の四葉環ファンは、こう言うギャップに弱いのだと思う。突然彼氏モードにスイッチングされて動揺するわたしをよそに、環くんは言葉を続けた。
「俺も名前のだし」
「……んふ」
「なぁに笑ってんだよ」
環くんが大きな手でわたしの髪をぐしゃぐしゃにかき回す。
「ちょっやめてよ!」
仕返しに腕を伸ばしても、上手に避けられ思うようにいかない。もみ合っているうちにカーペットへ押し倒され、キスが降ってきた。
「ん……っ!」
「隙あり」
環くんのキスが優しいだけじゃないと知ったのはつい最近のことだ。むしろちょっと強引で、エッチな方が得意なんじゃないかと疑っている。
温度の異なる舌からもたらされる夢みたいな甘さが肌を粟立たせた。実は最近、環くんとのキスを思い出したくてプリンを食べることがある。そんなの口が裂けたって誰にも言えないけれど。
キスはどんどん深くなって、混じり合った唾液がエッチな音を立て始めた。そんなことしなくても逃げないのに、環くんはいつも両手で頬をホールドしてくるから、身動きが取れなくてほとんどされるがままだ。
「あ……」
片手が頬をすべり、首筋を撫で、ふくらみに触れた。反射的に震えた体に驚いたのか、一度は離れた手が今度は探るように添えられる。もう逃げない事がわかると、控えめな手つきから一転、指先に力がこもりやわらかく沈み込んだ。
「うぁ、環、くん……」
やめてほしいのか続けてほしいのか自分でもわからなくて名前を呼ぶに止まる。それが彼を煽ってしまったらしい。もう片方の手も下降して、十本の指全部が強弱をつけて動き始めた。
「心臓、すげードキドキしてんね」
「うん……」
こそばゆいような、心地いいような不思議な感覚が続き、口元を押さえて声が漏れるのを何とか堪える。自分の部屋の見慣れた天井と──見慣れない顔をした環くん。
目が合った瞬間、ずくんっと下腹部がうずき、唇の隙間からあられもない声が飛び出した。
「なに今の声、ちょーかわいい」
いつもよりずっと低い声音が鼓膜を振るわせ、お腹のうずきが止まらない。
「は……っあ……」
「気持ちーの?」
「ん……」
「やべー、マジでかわいい」
ふくらみは忙しなく、そして従順に形を変えていった。いつしか甘いうずきは体中を支配して、もう何も考えられそうにない。
「なあ」
エッチなことをしているのだから、もう少し浮かれても良さそうなものなのに、環くんはずっと難しい顔をしている。
「っ……なに?」
「服、脱がしていい?」
「えっ」
〈そう言う流れ〉であるにも関わらず、わたしは心の準備が微塵も出来ていなかった。いずれ訪れるであろう日が、まさか今日だとは思わない。
「俺、名前おっぱい見たい。だめ?」
「おっ……ぱいって、言うなぁ……」
「見たい。だめ?」
「…………だめじゃ……ない、けど」
「やった!」
一転、破顔した環くんが勢いよく制服のシャツををまくり上げたので、わたしは慌てて飛び起き抗議した。
「雰囲気!」
「え、ゆっくり脱がした方がいい?」
「そう言う意味じゃ、なくて……っ」
「?」
きょとんとした顔で見つめられ早々に諦めに至る。この複雑な乙女心は伝わりそうもない。ため息を吐き、彼の胸元にもたれ掛かるように額を押し付けた。
「……いいよ、環くんの、好きにして」
こんな事、顔を見ながら言えなかったから。
「え、いーの?」
「いーよ」
またかばっと脱がされると覚悟したのに、今度は律儀にボタンを外し始めた。人生の中でこんなに焦れったい時間はなかったように思う。体力作りやスタイル維持に欠かせない日々の筋トレはつらいけれど、鍛えていてよかったと心から思った。好きな人にむきだしの体を見られるなんて、どれだけ鍛えても足りない気がするけれど。
谷間なんて数え切れないほど撮られてきたのに、いざ好きな人に見られると思うとたまらなく恥ずかしい。
ボタンを全部外し終えた環くんにゆっくりと押し倒されながら、これからどうなってしまうのだろうと考える。きっとどうなっても構わない、環くんと一緒なら。
キャミソールの裾をそっと捲り上げられ、膨らみを覆うブラジャーが露わになる。もっと可愛いのをたくさん持ってるのに、なんでこれを選んじゃったんだろ。
「背中、浮かして」
「……っ」
心臓が痛いくらいに高鳴った。
「たまき、く……」
「名前ー、環くん来てるのー?」
「ママッ!?」
飛び起きた拍子に環くんと激突し、二人で額を押さえてうずくまる。幸か不幸か、今日に限ってこんなに早く帰って来るなんて。
「名前ー?」
「な、なにーっ? 今行く!」
慌ててボタンを掛け直し、髪を整えて部屋を出ようと立ち上がる。ドアを開けようとした時、背後から伸びた腕がそれを阻んだ。
壁ドンだ、いやドアだからドアドンだ、なんて考えているうちに、環くんがポツリと呟く。
「……また今度、な」
振り返らなくてもわかる、環くんは今真っ赤な顔してる。
「……また今度、ね」
そんなに慌てなくてもいいよ。だって、心も体もとっくに全部環くんのものなんだから。
20250828
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